EUV 装置の断面図には、鏡が何枚も斜めに並んでいます。なぜあの枚数なのか。1 枚増やす、1 枚減らすという判断を、設計者は何を根拠に下しているのか。
答えは 1 つの掛け算です。多層膜の反射率は 70% どまり。中間集光点から先で光は 11 回反射するので、ウェハへ届くのは約 2%。
の限界比は ちょうど、枚数の外側
1 面あたりの反射率が 60〜70% に留まることは、モリブデン系の積層を横に並べて比べた1994 年の報告1のような測定が与えます。1 回の反射で戻る割合を とします。 枚を通した後に残る割合は、各面が独立に掛かるので積です。
1 枚足したときの変化を取ります。
が消えます。11 枚めを足すのも 3 枚めを足すのも、変化は同じ 倍。
数を通します。
絶対値の差は 0.84 ポイントですが、割合では 43% 増です。ウェハ面の光量がそのままスループットを定めるので、効くのは割合のほうです。
この「限界比が によらない」という性質が、以下の換算をすべて支えます。
鏡 1 枚を反射率で買うと、全面で 2.31 ポイント
「鏡を減らす」と「反射率を上げる」を、同じ単位へ揃えます。反射率の改善は 11 面すべてに掛かるので
全 11 面で 2.31 ポイント上げて、ようやく鏡 1 枚に並びます。
面数を変えても、要求は 2 ポイント台のままです。
| 面数 | 要る | 1 面あたりの改善 |
|---|---|---|
| 10 | 0.7254 | +2.54 ポイント |
| 11 | 0.7231 | +2.31 ポイント |
| 12 | 0.7211 | +2.11 ポイント |
11 面ぶん掛かるので楽に映りますが、要求は 2 ポイント台に留まります。反射率の改善そのものが、それだけ難しい領域にあるためです。真空紫外から極端紫外にかけての反射コーティングを正面から主題にした1996 年の報告2や、モリブデン系の多層膜を横に並べて比べた1994 年の報告1が対象にするのは、この 2 ポイントの世界です。
周期を積んで買うのは、1 面あたり 58 対
「弱い反射を足し上げる」なら、たくさん積むほど良さそうに映ります。ところが飽和します。
真空紫外から極端紫外にかけての反射コーティングを主題にした1996 年の報告2が対象にする積層は、どれも同じ性質を持ちます。吸収があるので、表面から遠い界面の寄与はごくわずかです。反射率は 40 対あたりで飽和します。
| 対の数 | 反射率 |
|---|---|
| 40 対 | 74.5% |
| 60 対 | 75.3% |
前節の 2.31 ポイントを、この率で買います。
1 面あたり 58 対を追加して、ようやく鏡 1 枚ぶんです。しかも 11 面すべてに。
さらに悪いことに、この率は下がり続けます。曲線が飽和している以上、残っている伸びしろは全部合わせても 1 ポイント未満です。
つまり「対を足す」という手の上限は、鏡 1 枚の手前にあります。だから照明系も投影光学系もマスクブランクも、長く 40 対で作られてきました。対を足すたびに欠陥とコストが増えるので、0.04 ポイントでは割に合いません。
候補の積層を「鏡何枚ぶん」へ換算する
通貨が決まったので、材料の選択肢を換算します。到達した反射率で 3 つ挙げます。
| 積層 | ピーク波長 | 反射率 | 11 面での光量比 | 鏡に換算 |
|---|---|---|---|---|
| Mo/Si | 13.4 nm | 68.2% | 1.000 | — |
| Mo/B₄C/Si | 13.5 nm | 70.0% | 1.332 | 0.80 枚 |
| Mo/Be | 11.3 nm | 70.2% | 1.374 | 0.89 枚 |
Mo/Be がいちばん高く、しかも波長が短い。短いほうが解像に有利なので、初期には軸にする案がありました。採られなかった理由はベリリウムの毒性です。
だからいま使われている 13.53 nm という波長は、順序が逆に決まっています。まず多層膜を選び、そこで可能な波長の範囲が決まり、そのうえで光源のピーク出力を合わせた。光源のほうを、多層膜の能力に基づいて選ばれた波長のまわりに設計します。
実測値は理論の最大値より数ポイント低く出ます。原因は 3 つ——各層の密度と均質性、界面の粗さ、層どうしの相互拡散。透過電子顕微鏡で観察すると境目はなだらかで、混ざった層が界面に挟まっています。多層膜の耐久を放射光で試験する設備を組んだ2005 年の報告3があるとおり、この劣化を測ること自体が 1 つの仕事です。
熱安定性の値段は 0.82 枚
混ざりは熱で進みます。ここにも換算が乗ります。
| 積層 | 安定な上限温度 | 反射率 |
|---|---|---|
| Mo/Si | 約 150 ℃ | 68.6% |
| Mo₂C/Si | 約 600 ℃ | 66.8% |
11 面で 25.4% の光を失います。
450 K の熱余裕を買う値段は、鏡 0.82 枚ぶんの光です。
この換算が、工程の上限へ直結します。界面を作り込む手を省いた多層膜の上では、使えるのは低温の工程だけです。吸収体を積む工程も、エッチングも、洗浄もです。炭素の障壁層を挟んで耐熱性を上げる手を主題にした1996 年の報告4があるとおり、界面の設計そのもので温度の上限を買い直せます。
入射角が 10〜15 度を超えると、反射率は急激に落ちます。開口数の上限も、同じ 1 本の曲線から出ます。非等方レンズで枠を作り直した2017 年の高 NA の研究5が対象にする設計も、この角度の上限の内側にあります。
同じ算術を、光源側から数え直す
基準を変えると枚数が動きます。多層膜の反射率を長期にわたって測り続ける設備を組んだ2005 年の報告3のように、どの面までを系に数えるかで同じ測定が別の意味を持ちます。投影光学系の鏡 6 枚、照明系の近垂直反射 3 枚、反射マスク——合わせて 10 回で数える流儀もあります。
2 ポイントの差が、10 面で 1.34 倍になります。
対で数えた言い方もあります。
「光路へ光学素子を 1 対追加すると、光が半分以下になる。」
3 つは同じ 1 つの数字です。
| 言い方 | 式 | 値 |
|---|---|---|
| 鏡 1 枚で 30% | 0.70 | |
| 1 対で半分以下 | 0.52 | |
| 2 ポイントが 10 面で 1.34 倍 | 1.34 |
枚数で言うか、対で言うか、面数で言うかの差だけです。基準を揃えずに比べると、同じ現象が別の話に映ります。
すべてが真空な理由:空気の 長は 145 µm
光路が真空である理由も、同じ指数で出ます。大気圧の空気 1 mm を通した透過率は約 0.1%。
空気の減衰長が 145 µm。光路に許される空気は、0.1 mm 未満です。
材料の側も同じです。波長 40 nm より短い領域では、あらゆる材料が強く吸収します。しかもこの吸収は原子レベルで起きるので、主に元素組成で決まり、化学的な結合状態は係数にほとんど効きません。
シリコンの 100 nm 膜でさえ透過率は 90% を切るので
レンズとして典型的な 1 mm 厚では
実質ゼロです。この領域の光学定数を膜厚と組成の関数として測り直した2016 年の研究6が対象にするのも、この強い吸収です。
だから屈折レンズも反射屈折系も作れず、すべて反射で組むところから始まります。真空にすると、空気とガスが担っていた仕事——熱の輸送、化学汚染の抑制、欠陥の制御——を全部作り直す必要が出ます。
鏡が残る理由:均一性と照明形の 2 つ
減らせば得なのは分かりました。それでも残っている鏡は、何をしているのか。
照明系の仕事は 2 つです。スリット全体へ均一に光を当てることと、解像度向上と光源マスク最適化のために照明の形を作れること。
2 組の鏡アレイでやっています。フィールド側のファセット鏡を傾けて、光を選んだ瞳側のファセット鏡へ振り分ける。1 枚のファセットからの光はスリット全体へ投影されるので、重ね合わせると均一になります。投影露光の照明系を正面から主題にした1994 年の報告7が対象にするのは、この均一化の設計です。
問題は粒度です。光リソの照明は数千枚の鏡で微調整でき、理想の形にほぼ一致させられます。EUV のプログラマブル照明は、画素数が 1 桁下です。ファセット鏡は平面のマイクロミラーの代わりに成形された光学素子で、EUV に要る面精度を求めると高価になるためです。
帰結が 2 つ出ます。
瞳充填率の下限を割るとスループットが大きく落ちます。光源マスク最適化で解像とパターン忠実度を同時に詰める2025 年の研究8が対象にする自由度も、この 20% の内側にあります。
だから「鏡を 1 枚減らす」は、光量の外側まで届きます。均一性と照明形の 2 つを担う部品を抜くことになる。43% の利得と、この 2 つの悪化を、同じ表で比べる必要があります。