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VOL.07 シリコンフォトニクス 第 1 回 / 全 4 回

光リンク予算:帯域 2 倍の代価は波長倍増で 3.0 dB、PAM4 で 9.5 dB

光リンクの帯域を 2 倍にする方法は、波長を増やすか、1 波で 4 値を送るかです。公開された結合器と受光器の値から受信感度の下限を出し、2 つの方法の差 6.5 dB がどこで生じるかを収支表でたどります。

23 分 応用 式 8 出典 7

この回の目次(8 節)
  1. §1 リンク予算は、dB の足し算だけで済む
  2. §2 端面結合器は 0.23 dB、ただし 60 µm 要る
  3. §3 暗電流と感度から、受信感度の床を求める
  4. §4 受信側を 1 チップへまとめる
  5. §5 変調器は、熱と光の相互作用を抱えている
  6. §6 帯域を 2 倍にする 2 つの道を、dB で比べる
  7. §7 ビットあたりのエネルギーで測ると、順位が入れ替わりうる
  8. §8 現場で動く判断

この回で示すこと

  1. リンク予算は dB の足し算で組める。
  2. 帯域 2 倍の代価は、波長倍増で 1 波あたり 3.0 dB、PAM4 化で 9.5 dB。差は 6.5 dB。
  3. 端面結合器は損失 0.23 dB と小さい一方、60 µm の長さを要する。
PAM4 化と波長倍増の代価の差 6.5 dB
波長を倍にする道(1 波あたり) 3.0 dB
NRZ から PAM4 へ移る道 9.5 dB

光リンクの帯域を 2 倍にしたい。道は 2 本あります。

  1. 波長の数を 2 倍にする
  2. 同じボーレートのまま、NRZ から PAM4 へ移る

どちらも aggregate のビットレートは 2 倍になります。では、どちらが安いのでしょうか。

リンク予算は、dB の足し算だけで済む

光リンクの収支は、すべて dB で書けます。

成り立つ条件は

は受信感度、 は余裕(マージン)。足し算と引き算だけで済みます。

2026 年の WDM-PON の経路保護方式に関する光パワー予算解析1が追っているのも、この形の収支です。方式の優劣を、パワー予算という 1 つの物差しで比べるという立て方が、この分野で共通の枠になっています。

端面結合器は 0.23 dB、ただし 60 µm 要る

損失の最初の項を、実測から取ります。2022 年の部分波長格子を用いた 60 µm 長のファイバ–チップ端面結合器の研究2が、数字を並べています。

構造は、中央に三叉形の部分波長格子(SWG)、その両側に整合したストリップ導波路を並べたもの。変換領域を 3 つに分け、それぞれの寸法を最適化しています。

項目値
素子長入力ファイバから出力シリコン導波路まで 60 µm
挿入損失波長 1.55 µm で 0.23 dB
帯域(IL < 1 dB)240 nm
帯域(IL < 1.5 dB)390 nm

0.23 dB は、リンク予算の中ではほぼ無視できる大きさです。帯域 240 nm というのは、WDM の全チャネルを 1 つの結合器で通せる広さです。

ただし 60 µm という長さが、別の帳簿へ乗ります。チップの縁に沿って結合器を据えるとき、1 チャネルあたり 60 µm の奥行きを取ります。2021 年の低損失ファイバ–チップ端面結合器の研究3も同じ課題——標準の単一モードファイバとシリコン細線導波路のモード径の差——を相手にしており、この変換に長さが要ることは方式に共通します。

設計判断としてはこうなります。端面結合の損失を下げる努力が予算全体へ届くのは、0.23 dB の手前までです。同じ労力を、より大きい項——変調器の挿入損失やフィルタのクロストーク——へ向けます。

暗電流と感度から、受信感度の床を求める

収支の右辺、受信感度を見積もります。2024 年のシリコンフォトニックリンク向け低暗電流・低電圧 Ge アバランシェ受光器の研究4が、必要な値を全部並べています。

構造は p-i-n-i-n 型の Ge APD で、真性ゲルマニウム層がアバランシェ領域と吸収領域を兼ね、真性シリコン層が暗電流の低減を担います。

項目値条件
一次感度1.1 A/W—
暗電流7.42 nAバイアス −2 V
暗電流密度6.1 × 10⁻¹¹ A/µm²同上
アバランシェ電圧−8.4 V—
3 dB 帯域25 GHz—
データ受信32 Gbps NRZ—

受信側を 1 チップへまとめる

素子を個別に載せるだけでなく、同じチップへ集積する方向があります。2025 年の CWDM4 向け一体集積シリコンフォトニクス受信チップの研究5が、その構成を示しています。

1 チップへ載っているのは 3 種類です。

要素内容
端面結合器ファイバからの入口
4 チャネルの アド・ドロップ光フィルタ縦続に連ねた導波路に、三角歯の幅を漸変させた構造
Ge/Si APD4 チャネルぶんの受光

製造は市販の 180 nm SOI CMOS 技術で、優れた均一性が示されています。

「均一性」が成果として挙げられているのが要点です。4 チャネルを別々のチップで作れば、チャネルごとに感度もフィルタ中心波長も別になります。同じウェーハの同じ工程で作れば、そのばらつきが縮む。

リンク予算の側で測ると、これはマージン の項に乗ります。4 チャネルのうち最悪のチャネルで予算を組むなら、チャネル間のばらつきがそのまま予算の目減りです。均一性の改善は、平均を良くするより最悪値を持ち上げる形で乗ります。

変調器は、熱と光の相互作用を抱えている

送信側を追います。2022 年の 2 µm 波長帯における高速シリコンマイクロリング変調器の研究6が、リング変調器に固有の現象を報告しています。

題名に入っているのが光双安定性(optical bistability)です。リング共振器の中では光が何周も回るので、同じ入射パワーでも共振器内の強度が桁で大きくなります。その強い光が材料を温め、屈折率を変え、共振波長を動かす。動いた共振波長が、また共振器内の強度を変える。

入力と出力のあいだに帰還が掛かるので、同じ入力に対して 2 つの安定状態が生まれます。

リング変調器を予算へ入れるときの 3 項目

リング変調器は挿入損失が小さいので、予算表では有利に映ります。ただし 3 つの項目が別に付きます。

項目内容
熱同調の電力共振波長を目標へ合わせ続けるヒータの消費電力
波長ロックの制御共振のずれを検出し、引き直す回路
双安定性の回避入射パワーの上限。これを超えると動作点が跳ぶ

3 つ目が、波長を増やす道に直接効きます。波長数を倍にして総パワーを保つなら 1 波あたりのパワーは半分になるので、双安定性からは遠ざかります。逆に、1 波あたりのパワーを上げて感度を稼ごうとすると、この上限に当たります。

熱同調の電力は、ビットあたりのエネルギーへ直接入ります。リング 1 個あたりのヒータ電力を 、その波長のビットレートを とすると、寄与は 。波長を増やすと、この項がリングの数だけ増えます。波長を倍にする道の隠れた代償はここにあります。

帯域を 2 倍にする 2 つの道を、dB で比べる

本題へ戻ります。同じ 2 倍を、どちらの道で買うか。

前提を 1 つ据えます。送信側の総光パワーは固定——レーザの出力と熱の条件で決まっているとします。

道 A:波長を 2 倍にする。

総パワーが固定なら、1 波あたりのパワーは半分です。

1 波あたりの予算が 3.01 dB 目減りします。ボーレートは変わらないので、受信感度 は同じ。差し引き 3.01 dB のマージンを失います。

道 B:同じボーレートで NRZ から PAM4 へ移る。

平均パワーは同じです。ところが合否に使う振幅が動きます。NRZ は 2 値なので、振幅の全幅が 1 つの目に使えます。PAM4 は 4 値なので、隣り合う準位の間隔は全幅の 3 分の 1 です。

同じ誤り率を保つのに、9.54 dB 多くの受信パワーが要ります。

道払う dB2 倍を買う手段
A:波長 2 倍3.01 dBリング・フィルタ・熱同調を 2 倍
B:PAM49.54 dBDAC/ADC の分解能と等化

差は 6.5 dB です。リンク予算の項目 1 つぶんとしては大きい。

ビットあたりのエネルギーで測ると、順位が入れ替わりうる

dB で比べた結論に、電力の軸を足します。

ビットあたりのエネルギーは、送信・受信・制御の 3 つの和です。リング変調器の熱同調が常時この和へ乗ることは、2022 年のマイクロリング変調器の研究6が報告する熱と光の帰還からも読み取れます。

道 A と道 B で、増える項が別です。

道増える項
A:波長 2 倍(リングの数だけ)、、フィルタ
B:PAM4(等化と DAC/ADC の分解能)

分母はどちらも 2 倍になります。だから が下がるか上がるかは、増えた項が 2 倍より大きいか小さいかで決まります。

道 A のヒータ電力は、リングの数に比例するのでほぼ 2 倍です。つまりこの項について は横ばい。道 B の DSP 電力は、分解能を 1 ビット増やすと ADC の電力がおよそ 2 倍になるので、2 倍を超えうる。

dB の比較と電力の比較で、道 A が有利という向きは揃っています。ただしリングの熱同調を切れる設計——共振波長を受動的に揃える、または温度制御をチップ単位でまとめる——が入ると、道 A の が落ちて差がさらに開きます。

現場で動く判断

  1. リンク予算は dB の 1 枚の表で持ちます。 と 。足す前に、全項目を同じ波長へ揃えます。
  1. 端面結合の損失を削る努力は、0.23 dB より下では見返りが小さい。同じ労力を変調器の挿入損失やフィルタのクロストークへ向けます。ただし 60 µm の奥行きは、別の帳簿へ乗ります。
  1. 暗電流と感度から、受信感度の床を計算しておきます。7.42 nA と 1.1 A/W4 から −40 dBm。測定値が床から 20 dB 以上離れていれば、雑音源の特定へ進みます。
  1. 均一性は、マージンの項へ乗ります。最悪チャネルで予算を組むなら、チャネル間のばらつきがそのまま目減りです。平均を良くするより最悪値を持ち上げる形で乗ります。
  1. リング変調器には 3 項目が付いてきます。熱同調の電力、波長ロックの制御、双安定性による入射パワーの上限。挿入損失の小ささと合わせて、この 3 つも表へ入れます。
  1. 帯域 2 倍の 2 つの道は、3.01 dB と 9.54 dB です。差は 6.5 dB。ただし PAM4 側にはしきい値 3 本ぶんの 0.3〜0.5 dB が追加で乗り、波長側には合分波の損失増が乗ります。
  1. 総光パワーが固定という前提を、先に確かめます。レーザを増やせるなら道 A の 3.01 dB は消え、比較そのものが動きます。
  1. ビットあたりのエネルギーでは、増える項が 2 倍を超えるかどうかを追います。ヒータ電力はリング数に比例してほぼ 2 倍、ADC の電力は分解能 1 ビットでおよそ 2 倍。分母も 2 倍なので、超えた分だけ が悪化します。

出典

  1. 1 Optical Power Budget Analysis of WDM-PON Traffic Protection Schemes (2026) doi:10.3390/photonics13040387
  2. 2 A 60 μm-Long Fiber-to-Chip Edge Coupler Assisted by Subwavelength Grating Structure with Ultralow Loss and Large Bandwidth (2022) doi:10.3390/photonics9060413
  3. 3 Novel Low-Loss Fiber-Chip Edge Coupler for Coupling Standard Single Mode Fibers to Silicon Photonic Wire Waveguides (2021) doi:10.3390/photonics8030079
  4. 4 Low dark current and low voltage germanium avalanche photodetector for a silicon photonic link (2024) doi:10.1364/prj.534507
  5. 5 Uniform Monolithically Integrated Silicon Photonics Optical Receiver Chip for CWDM4 (2025) doi:10.1364/ofc.2025.w2a.18
  6. 6 High-speed silicon microring modulator at the 2 µm waveband with analysis and observation of optical bistability (2022) doi:10.1364/prj.439583
  7. 7 Dispersion Compensation of 30GBaud/s NRZ and PAM4 data using integrated Silicon Nitride Gratings (2022) doi:10.1364/ofc.2022.th1d.4