光リンクの帯域を 2 倍にしたい。道は 2 本あります。
- 波長の数を 2 倍にする
- 同じボーレートのまま、NRZ から PAM4 へ移る
どちらも aggregate のビットレートは 2 倍になります。では、どちらが安いのでしょうか。
リンク予算は、dB の足し算だけで済む
光リンクの収支は、すべて dB で書けます。
成り立つ条件は
は受信感度、 は余裕(マージン)。足し算と引き算だけで済みます。
2026 年の WDM-PON の経路保護方式に関する光パワー予算解析1が追っているのも、この形の収支です。方式の優劣を、パワー予算という 1 つの物差しで比べるという立て方が、この分野で共通の枠になっています。
端面結合器は 0.23 dB、ただし 60 µm 要る
損失の最初の項を、実測から取ります。2022 年の部分波長格子を用いた 60 µm 長のファイバ–チップ端面結合器の研究2が、数字を並べています。
構造は、中央に三叉形の部分波長格子(SWG)、その両側に整合したストリップ導波路を並べたもの。変換領域を 3 つに分け、それぞれの寸法を最適化しています。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 素子長 | 入力ファイバから出力シリコン導波路まで 60 µm |
| 挿入損失 | 波長 1.55 µm で 0.23 dB |
| 帯域(IL < 1 dB) | 240 nm |
| 帯域(IL < 1.5 dB) | 390 nm |
0.23 dB は、リンク予算の中ではほぼ無視できる大きさです。帯域 240 nm というのは、WDM の全チャネルを 1 つの結合器で通せる広さです。
ただし 60 µm という長さが、別の帳簿へ乗ります。チップの縁に沿って結合器を据えるとき、1 チャネルあたり 60 µm の奥行きを取ります。2021 年の低損失ファイバ–チップ端面結合器の研究3も同じ課題——標準の単一モードファイバとシリコン細線導波路のモード径の差——を相手にしており、この変換に長さが要ることは方式に共通します。
設計判断としてはこうなります。端面結合の損失を下げる努力が予算全体へ届くのは、0.23 dB の手前までです。同じ労力を、より大きい項——変調器の挿入損失やフィルタのクロストーク——へ向けます。
暗電流と感度から、受信感度の床を求める
収支の右辺、受信感度を見積もります。2024 年のシリコンフォトニックリンク向け低暗電流・低電圧 Ge アバランシェ受光器の研究4が、必要な値を全部並べています。
構造は p-i-n-i-n 型の Ge APD で、真性ゲルマニウム層がアバランシェ領域と吸収領域を兼ね、真性シリコン層が暗電流の低減を担います。
| 項目 | 値 | 条件 |
|---|---|---|
| 一次感度 | 1.1 A/W | — |
| 暗電流 | 7.42 nA | バイアス −2 V |
| 暗電流密度 | 6.1 × 10⁻¹¹ A/µm² | 同上 |
| アバランシェ電圧 | −8.4 V | — |
| 3 dB 帯域 | 25 GHz | — |
| データ受信 | 32 Gbps NRZ | — |
受信側を 1 チップへまとめる
素子を個別に載せるだけでなく、同じチップへ集積する方向があります。2025 年の CWDM4 向け一体集積シリコンフォトニクス受信チップの研究5が、その構成を示しています。
1 チップへ載っているのは 3 種類です。
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 端面結合器 | ファイバからの入口 |
| 4 チャネルの アド・ドロップ光フィルタ | 縦続に連ねた導波路に、三角歯の幅を漸変させた構造 |
| Ge/Si APD | 4 チャネルぶんの受光 |
製造は市販の 180 nm SOI CMOS 技術で、優れた均一性が示されています。
「均一性」が成果として挙げられているのが要点です。4 チャネルを別々のチップで作れば、チャネルごとに感度もフィルタ中心波長も別になります。同じウェーハの同じ工程で作れば、そのばらつきが縮む。
リンク予算の側で測ると、これはマージン の項に乗ります。4 チャネルのうち最悪のチャネルで予算を組むなら、チャネル間のばらつきがそのまま予算の目減りです。均一性の改善は、平均を良くするより最悪値を持ち上げる形で乗ります。
変調器は、熱と光の相互作用を抱えている
送信側を追います。2022 年の 2 µm 波長帯における高速シリコンマイクロリング変調器の研究6が、リング変調器に固有の現象を報告しています。
題名に入っているのが光双安定性(optical bistability)です。リング共振器の中では光が何周も回るので、同じ入射パワーでも共振器内の強度が桁で大きくなります。その強い光が材料を温め、屈折率を変え、共振波長を動かす。動いた共振波長が、また共振器内の強度を変える。
入力と出力のあいだに帰還が掛かるので、同じ入力に対して 2 つの安定状態が生まれます。
リング変調器を予算へ入れるときの 3 項目
リング変調器は挿入損失が小さいので、予算表では有利に映ります。ただし 3 つの項目が別に付きます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 熱同調の電力 | 共振波長を目標へ合わせ続けるヒータの消費電力 |
| 波長ロックの制御 | 共振のずれを検出し、引き直す回路 |
| 双安定性の回避 | 入射パワーの上限。これを超えると動作点が跳ぶ |
3 つ目が、波長を増やす道に直接効きます。波長数を倍にして総パワーを保つなら 1 波あたりのパワーは半分になるので、双安定性からは遠ざかります。逆に、1 波あたりのパワーを上げて感度を稼ごうとすると、この上限に当たります。
熱同調の電力は、ビットあたりのエネルギーへ直接入ります。リング 1 個あたりのヒータ電力を 、その波長のビットレートを とすると、寄与は 。波長を増やすと、この項がリングの数だけ増えます。波長を倍にする道の隠れた代償はここにあります。
帯域を 2 倍にする 2 つの道を、dB で比べる
本題へ戻ります。同じ 2 倍を、どちらの道で買うか。
前提を 1 つ据えます。送信側の総光パワーは固定——レーザの出力と熱の条件で決まっているとします。
道 A:波長を 2 倍にする。
総パワーが固定なら、1 波あたりのパワーは半分です。
1 波あたりの予算が 3.01 dB 目減りします。ボーレートは変わらないので、受信感度 は同じ。差し引き 3.01 dB のマージンを失います。
道 B:同じボーレートで NRZ から PAM4 へ移る。
平均パワーは同じです。ところが合否に使う振幅が動きます。NRZ は 2 値なので、振幅の全幅が 1 つの目に使えます。PAM4 は 4 値なので、隣り合う準位の間隔は全幅の 3 分の 1 です。
同じ誤り率を保つのに、9.54 dB 多くの受信パワーが要ります。
| 道 | 払う dB | 2 倍を買う手段 |
|---|---|---|
| A:波長 2 倍 | 3.01 dB | リング・フィルタ・熱同調を 2 倍 |
| B:PAM4 | 9.54 dB | DAC/ADC の分解能と等化 |
差は 6.5 dB です。リンク予算の項目 1 つぶんとしては大きい。
ビットあたりのエネルギーで測ると、順位が入れ替わりうる
dB で比べた結論に、電力の軸を足します。
ビットあたりのエネルギーは、送信・受信・制御の 3 つの和です。リング変調器の熱同調が常時この和へ乗ることは、2022 年のマイクロリング変調器の研究6が報告する熱と光の帰還からも読み取れます。
道 A と道 B で、増える項が別です。
| 道 | 増える項 |
|---|---|
| A:波長 2 倍 | (リングの数だけ)、、フィルタ |
| B:PAM4 | (等化と DAC/ADC の分解能) |
分母はどちらも 2 倍になります。だから が下がるか上がるかは、増えた項が 2 倍より大きいか小さいかで決まります。
道 A のヒータ電力は、リングの数に比例するのでほぼ 2 倍です。つまりこの項について は横ばい。道 B の DSP 電力は、分解能を 1 ビット増やすと ADC の電力がおよそ 2 倍になるので、2 倍を超えうる。
dB の比較と電力の比較で、道 A が有利という向きは揃っています。ただしリングの熱同調を切れる設計——共振波長を受動的に揃える、または温度制御をチップ単位でまとめる——が入ると、道 A の が落ちて差がさらに開きます。
現場で動く判断
- リンク予算は dB の 1 枚の表で持ちます。 と 。足す前に、全項目を同じ波長へ揃えます。
- 端面結合の損失を削る努力は、0.23 dB より下では見返りが小さい。同じ労力を変調器の挿入損失やフィルタのクロストークへ向けます。ただし 60 µm の奥行きは、別の帳簿へ乗ります。
- 暗電流と感度から、受信感度の床を計算しておきます。7.42 nA と 1.1 A/W4 から −40 dBm。測定値が床から 20 dB 以上離れていれば、雑音源の特定へ進みます。
- 均一性は、マージンの項へ乗ります。最悪チャネルで予算を組むなら、チャネル間のばらつきがそのまま目減りです。平均を良くするより最悪値を持ち上げる形で乗ります。
- リング変調器には 3 項目が付いてきます。熱同調の電力、波長ロックの制御、双安定性による入射パワーの上限。挿入損失の小ささと合わせて、この 3 つも表へ入れます。
- 帯域 2 倍の 2 つの道は、3.01 dB と 9.54 dB です。差は 6.5 dB。ただし PAM4 側にはしきい値 3 本ぶんの 0.3〜0.5 dB が追加で乗り、波長側には合分波の損失増が乗ります。
- 総光パワーが固定という前提を、先に確かめます。レーザを増やせるなら道 A の 3.01 dB は消え、比較そのものが動きます。
- ビットあたりのエネルギーでは、増える項が 2 倍を超えるかどうかを追います。ヒータ電力はリング数に比例してほぼ 2 倍、ADC の電力は分解能 1 ビットでおよそ 2 倍。分母も 2 倍なので、超えた分だけ が悪化します。