変調器の方式比較で、リング変調器は面積でも電力でも勝ちます。直径 15 µm 程度、変調電力はミリワットの桁。
その表に、共振を追い掛けるための加熱電力が載っていることはまれです。
リングは共振で動くので、温度が動けば透過波長も動く。動いた波長を打ち消すにはヒータへ電力を入れる。この電力は変調電力と同じ電源から出ていきます。
比較の基準線は、60 fJ/bit の MZM
比べる相手を先に決めます。2025 年のサブボルト二重駆動シリコン Mach-Zehnder 変調器1は、0.7 V の片側駆動で 100 GBaud の PAM4 を動かし、1 ビットあたり 60 fJ を報告しています。変調効率 1.5 V·cm、電気光学帯域 43 GHz。
100 GBaud の PAM4 は 200 Gb/s なので、電力は
1 レーンあたり 12 mW。これを基準線にします。
リング側の総電力を、変調の項 と加熱の項 に分けます。リングが勝つ条件は
をミリワットの桁とすると、 に残されているのは 10 mW 前後です。以下は、この 10 mW をどう使い切るかの話になります。
リング側の到達速度も、同じ表へ入れておきます。2024 年の広帯域断熱マイクロリング変調器2は 60 GHz を超える変調帯域で 250 Gb/s の PAM4 を示し、2024 年のシリコンリング変調器による 200 Gbit/s PAM4 の報告3は 3 dB 帯域 67 GHz で 200 Gb/s を出しています。速度の側では、2 方式は同じ土俵にいます。
素のシリコンリングは、62.5 pm/K で動く
温度で共振波長がどれだけ動くかを、公開の数値から取ります。
2024 年の DWDM 向け温度非依存 2 次マイクロリング共振器4は、PMMA 被覆の 2 次スロットリングを設計し、温度依存波長シフト 0.25 pm/°C 未満、これは通常のリングの 0.4% にあたると書いています。この比で除算すると、通常のリングの値は
素のシリコンリングの漂動率は 62.5 pm/K です。
0 °C から 105 °C までの動作範囲で
6.56 nm。200 GHz 間隔(1.6 nm)の波長格子でいえば、4 チャネルぶんを横切ります。
同じ研究は、設計値と実測値の差も出しています。実測の温度依存波長シフトは 24.8 pm/°C 未満で、設計の 0.25 pm/°C から 100 倍悪化している。理由はスロットへの PMMA の充填が不完全だったこと。
| 状態 | 漂動率 | 素のリングに対する比 |
|---|---|---|
| 素のシリコンリング | 62.5 pm/K | 1.00 |
| PMMA 被覆(実測) | 24.8 pm/K | 2.52 分の 1 |
| PMMA 被覆(設計) | 0.25 pm/K | 250 分の 1 |
設計上の 250 倍が、充填の不完全さで 2.52 倍まで戻りました。被覆材による無熱化は、材料の性質と同じくらい、被覆工程の完全さで決まる量です。
窒化シリコンでも同じ方向の報告があります。2026 年の温度非依存窒化シリコンマイクロリング共振器における非線形熱漂動の研究5は、PMMA で補償して 15 °C から 70 °C の範囲で 2.0 ± 0.1 pm/K 以下を達成しています。同じ研究は、残る非線形性の出どころが PMMA のヤング率とポアソン比の温度依存にあると突き止めている。
補償材の光学定数を合わせても、機械定数の温度依存が残ったままです。
6.56 nm を打ち消すヒータ電力は 13.4 mW
漂動を電力へ翻訳します。
2021 年の超低損失断熱マイクロリング共振器6は、非接触の導波路ヒータで 0.49 nm/mW の調整効率、非共振時の損失 0.085 dB、200 GHz 間隔で 8 チャネルを報告しています。
漂動幅をこの効率で割ります。
| 漂動率 | 105 K での漂動幅 | 要るヒータ電力 |
|---|---|---|
| 62.5 pm/K | 6.56 nm | 13.4 mW |
| 24.8 pm/K | 2.60 nm | 5.31 mW |
| 2.0 pm/K | 0.21 nm | 0.43 mW |
| 0.25 pm/K | 0.026 nm | 0.054 mW |
素のリングで 13.4 mW。上で引いた基準線 12 mW を、ヒータ単独で超えます。
被覆材を入れると 5.31 mW まで下がり、窒化シリコンと PMMA の組み合わせなら 0.43 mW。桁が 2 つ動きます。
許容温度幅は、通過帯域幅を漂動率で割った値
無熱化がどこまで進めば電気的な制御を省けるのか。答えは割り算です。
リングの通過帯域幅を 、漂動率を とすると、制御なしで許される温度幅は
上の 2024 年の研究4の実測値を入れます。1 dB 帯域幅 1.1 nm、漂動率 24.8 pm/°C。
同じ研究が報告している「±22 °C 以上を電気的な温度制御なしで許容する」と一致します。式の形が正しいことの検算になっています。
この式から、2 つのつまみが浮かびます。
| つまみ | 効果 | 代償 |
|---|---|---|
| 帯域幅 を広げる | が比例で伸びる | チャネル間隔の下限が上がる |
| 漂動率 を下げる | が反比例で伸びる | 被覆工程の完全さに依存する |
上の研究の 1 dB 帯域幅 1.1 nm は、チャネル間隔 1.5 nm の 73% を占めています。帯域幅で稼ぐ道には、チャネル間隔という天井があります。
0 °C から 105 °C の全範囲を制御なしで通すには
10.5 pm/K 以下。実測の 24.8 pm/K では届かず、窒化シリコンと PMMA の 2.0 pm/K なら通ります。
漂動幅は、自由スペクトル幅の半分まで届く
制御ループの側の要求も、同じ 6.56 nm から出ます。
直径 15 µm のリングの周長は µm。群屈折率を 4.0 とすると自由スペクトル幅は
漂動幅 6.56 nm は、この 51% です。共振が自由スペクトル幅の半分ぶん動くということは、冷えた状態と熱い状態で、どの共振次数に載っているかが分からなくなるということです。
だから捕捉の手順は、近傍を探すより自由スペクトル幅の全体を探す形になります。2025 年のビット誤り率探索による PAM4 リング変調器の波長ロック系7が、この形です。ビット誤り率の式で動作点を選び、30 GBaud の PAM4 信号に対して自由スペクトル幅の全域で高速な適応ロックを示しています。
動作点の選び方にビット誤り率を使っている点が、この系の要です。光パワーのモニタは、共振の左肩と右肩へ同じ値を返します。誤り率は方向を持つので、探索が収束します。
1024 レーンで数え直す
レーン単位の数字を、1024 レーンの実装へ掛けます。
| 構成 | 変調 | 加熱 | 合計 | 12.3 W の MZM との比 |
|---|---|---|---|---|
| 素のリング | 1.02 W | 13.7 W | 14.7 W | 1.20 倍(負け) |
| PMMA 被覆(実測) | 1.02 W | 5.44 W | 6.46 W | 1.9 倍の節約 |
| 共通項を分離 | 1.02 W | 1.25 W | 2.27 W | 5.4 倍の節約 |
| 窒化シリコン + PMMA | 1.02 W | 0.44 W | 1.46 W | 8.4 倍の節約 |
変調の項はレーンあたり 1 mW を据えました。この 1 mW は手順を示すために据えた値で、実測値と別です。相手側の 12.3 W は、60 fJ/bit1 を 200 Gb/s と 1024 レーンへ掛けた値です。
素のシリコンリングでは、1024 レーンの実装が MZM に負けます。面積では勝ったままですが、電力の順位は加熱の項で入れ替わる。
3 行目の「共通項を分離」は、ヒータの仕事を 2 つに割った場合です。
共通項と個別項に割る
6.56 nm の漂動のうち、ダイ温度に由来する分は 1024 個のリングで共通です。製造ばらつきに由来する分だけが、リングごとに別になります。
- 共通項 — ダイ温度。光源の波長格子の側を動かせば、1 個の操作で 1024 個ぶんが揃う
- 個別項 — 製造ばらつき。打ち消せるのはリングごとのヒータまで
個別項を ±0.3 nm とすると、必要なヒータ電力は mW。1024 レーンで 1.25 W です。
制御ループの数は 1024 のままですが、各ループが動かす幅が 10 分の 1 になります。電力は幅に比例するので、そのまま 10 分の 1。
共通項の側は、リングの外にある光源へ移ります。温度補償の仕事が、1024 個の小さな操作から、1 個の大きな操作と 1024 個の小さな操作へ割れる。
現場で動く判断
- リングの電力は、変調と加熱の 2 項で数えます。60 fJ/bit の MZM1 を 200 Gb/s で回すと 12 mW。リング側の 2 項の合計が、この数を下回る条件を先に書きます。
- 素のシリコンリングは 62.5 pm/K です。0.25 pm/°C が通常のリングの 0.4%4 という比から出した値。0〜105 °C で 6.56 nm 動きます。
- 加熱電力は漂動幅を調整効率で割った値です。0.49 nm/mW6 で 13.4 mW。基準線 12 mW をヒータ単独で超えます。
- 最悪値と平均値が境目の両側に落ちます。ヒータが動かせる向きは片側だけなので、最悪値は最も冷えた端で 13.4 mW、平均で 6.7 mW。どちらを仕様書へ書くかを先に決めます。
- 無熱化の到達点は、被覆工程の完全さで決まります。設計 0.25 pm/°C が実測 24.8 pm/°C4 へ 100 倍悪化した理由は、スロットへの充填の不完全さでした。材料の選択と工程の完全さを、別の行で管理します。
- 制御を外す条件は です。1.1 nm を 105 K で割って 10.5 pm/K。窒化シリコンと PMMA の 2.0 pm/K5 なら通ります。
- 漂動幅が自由スペクトル幅の半分に届くと、捕捉が全域探索になります。直径 15 µm で FSR 12.8 nm、漂動 6.56 nm は 51%。ビット誤り率で動作点を選ぶ系7が全域ロックを示しています。
- 漂動を共通項と個別項へ割ります。ダイ温度は 1024 レーンで共通、製造ばらつきは個別。共通項を光源側へ移すと、リングごとのヒータが動かす幅が 10 分の 1 になります。
- 速度の側では 2 方式が同じ土俵にいます。250 Gb/s PAM42 と 67 GHz 帯域での 200 Gb/s3。選択を分けているのは、速度より熱の項です。