SemiMapサイト内検索

講座集 / 信頼性と試験の統計 / 第 28 回

28 / 31

VOL.05 信頼性と試験の統計 第 28 回 / 全 31 回

構成則の係数抽出:前指数因子への感度は指数 n そのもの

同じ合金、同じ実験データ、同じ構成則から抽出した係数が、報告によって数十倍も食い違うことがあります。当てはまりはほとんど変わらないので、データが係数を決めきれていないのが原因で、同定不能性・多重共線性・過学習を分けて診断します。

28 分 応用 式 17 出典 8

この回の目次(7 節)
  1. §1 係数は 46 倍、当てはまりは 7%——対数で 59 倍の開き
  2. §2 への感度は ちょうど
  3. §3 谷底が細長くなる仕組み
  4. §4 の食い違いは、最初の 0.2% ひずみの内側で完結する
  5. §5 同定不能性・多重共線性・過学習は、直し方が別
  6. §6 分布を持ってはじめて、決まっている係数が浮かぶ
  7. §7 だから 3 つの作法が出る

この回で示すこと

  1. 同じデータから抽出した係数が で 46 倍、 で 65 倍離れても、当てはまりの差は 7%。
  2. 飽和応力の への感度は ちょうど。
  3. の食い違いは、最初の 0.2% ひずみの内側で完結する。
抽出した h₀ の開き 46 倍
n の開き 65 倍
当てはまりの差 7 %

論文の表から粘塑性モデルの 9 定数を書き写すとき、暗黙にこう考えています。「この材料の正しい値が、そこに書いてある」。

その前提を検査できる材料があります。同じ合金を、同じ実験データから、2 通りの方法で抽出した結果が並んでいます。

係数は で 46 倍、 で 65 倍離れ、当てはまりの動きは 7% どまりです。

係数は 46 倍、当てはまりは 7%——対数で 59 倍の開き

2 組を書き出します。

係数先行の抽出別の抽出比
(1/s)3,5011,6502.1 倍
0.010.00015464.9 倍
0.250.542.2 倍
7.554.111.8 倍
417.664.4 倍
(MPa)2155.962.7 倍
1.782.301.3 倍
(MPa)18,000828,82246.0 倍
平均二乗誤差17.0315.961.067 倍

対数で測ると、開きの差が出ます。

係数は、当てはまりの 59 倍広く散っています。

2 通りの方法が同じデータへ当てた結果です。方程式の形そのものを学習に埋め込んで係数を取り出した2023 年の研究1と、先行する抽出。どちらも同じ合金、同じ 9 定数の枠組みです。

への感度は ちょうど

飽和値の式を対数で書きます。

で微分します。

指数 が、そのまま への感度です。

2 つの抽出は で 2.12 倍、対数で 0.752 離れています。

の動き
0.010.75%
0.0001540.012%

を 2.12 倍動かしても、予測される飽和応力の動きは 0.75% どまりです。 が小さい側では 0.012%。

つまり は、 がデータに映るかどうかの度合いそのものです。 で は完全に消えます。

2 つの抽出が最も食い違ったのは、 が小さくした のほうでした。統一粘塑性モデルの係数感度を解析的に求めた1997 年の研究2が主題にしているのは、この種の感度の構造です。

谷底が細長くなる仕組み

感度の小ささだけで同定不能を言うには、もう 1 歩要ります。補償の経路を示します。

括弧の中で 以外は実験条件で決まる量なので、まとめて と書きます。

実験データが拘束しているのは、 でも でもなく積 ただ 1 つです。

を だけ動かすと は になります。そこで を

と取り直せば

予測は元の値のままです。 は 2 つで 1 本の曲線をなし、その上のどこへ落ちても当てはまりが同じになります。

これが「残差の谷が点の代わりに細長い谷底になっている」の中身です。どこへ落ちるかは、初期値と最適化アルゴリズムが決めます。

原理的には逃げ道があります。温度とひずみ速度を振れば と が動くので、 が条件ごとに変わり、 と を分離できるはずです。ひずみ速度と温度を広く振って構成則を組み直した2026 年の研究3は、まさにその方向にあります。

ところが の項が大きいと、 の相対的な振れ幅が小さくなります。谷は細くなるだけで、そのまま残ります。

の食い違いは、最初の 0.2% ひずみの内側で完結する

46 倍の のほうは、別の機構です。 が入るのは、変形抵抗 の発展式だけです。

として解くと

特性ひずみは です。2 組で計算します。

特性ひずみ
先行の抽出 MPa18,000 = 0.168%
別の抽出 MPa828,822 = 0.0088%

0.168% と 0.0088%。応力ひずみ曲線から降伏を取り出す標準的な基準は、0.2% のオフセットです。

どちらの過渡も、0.2% のオフセット点より手前で収束します。

だから測定が始まった時点で、2 つのモデルはどちらも飽和しています。46 倍の食い違いは、最初の 0.2% ひずみの内側で完結します。

これが の自由度の出どころです。系統だった係数推定法を主題にした2005 年の報告4や、モデルそのものを組み直した2025 年の研究5があるとおり、推定法を変えた先でも、分解能の下は分解能の下のままです。

同定不能性・多重共線性・過学習は、直し方が別

「当てはまりは良いのに係数は信用の外」という症状には、原因の別な 3 つがあります。

症状の原因何が原因か直し方
同定不能性モデルの構造データを増やした先でも同じまま
多重共線性データの取り方振り方を変えれば直ります
過学習自由度とデータ量の釣り合いデータを増やすか罰則を足せば直ります

ここで起きているのは 1 つめです。係数が積や指数の中で組み合わさっていて、観測へ届くのはその組み合わせだけです。

だから「もっと実験を増やせばよい」も「正則化を掛ければよい」も解決になりません。

押し込み試験から双曲線正弦型の定数を取り出す2026 年の手法6のように、測定の側を変えれば拘束の形が動きます。同じモデルへ別の種類のデータを入れると、谷底の向きが動く。そこではじめて、細長さが縮みます。

分布を持ってはじめて、決まっている係数が浮かぶ

点推定 1 個の中では、同定できた係数と谷底に落ちただけの係数が同じ顔をします。係数の分布そのものを出力に含める2023 年の研究1が、この区別を表へ持ち込みます。

ベイズ推論で係数の分布を求めると、そこが割れます。報告されている結果はこうです。

係数±5% の帯に対して
帯の内側
帯の内側
1,500 個中 61 個が外側

だけが 4.07% の割合で帯を越えます。つまり と は同定できていて、 は同定が緩い。

この分離は、分布を運んではじめて出ます。点推定を 1 個だけ表に書くと、同定できている係数と、谷底のどこかに落ちただけの係数が、同じ体裁で並びます。

区別の手がかりは、読み手へ届く前にそこで消えます。

だから 3 つの作法が出る

以上から、係数を再利用するときの手順が決まります。

  1. 9 個は 1 つの出典から一式で取る。

片方の ともう片方の を混ぜると、 が保たれる保証が消えます。

  1. 係数は物性値の側から降ろす。「この論文の は大きい/小さい」という比較には意味がありません。 の 46 倍は、測定の分解能の下にある話です。
  1. 比較するなら予測値。同じ応力・ひずみ速度・温度を入れて、出てくる応力を比べます。粘塑性モデルを実装して合金ごとに当てた1998 年の研究7や2000 年の報告8があるとおり、モデルの出力は 1 つに定まります。係数の組が複数あっても。

報告の側にも、1 つ足すものがあります。係数の表に、同定できているかどうかの印を添える。分布の幅でも、感度の値でも足ります。 という 1 行を併記するだけで、 の桁を信用してよいかが読み手に伝わります。

出典

  1. 1 Coefficient Extraction of SAC305 Solder Constitutive Equations Using Equation-Informed Neural Networks (2023) doi:10.3390/ma16144922
  2. 2 Quasi-Analytic Sensitivity Analysis of a Unified Viscoplastic Constitutive Model for a Solder Alloy (1997) doi:10.1115/1.3101849
  3. 3 Thermoviscoplastic Response and Constitutive Modeling of SAC305 Lead-Free Solder over Wide Ranges of Strain Rate and Temperature (2026) doi:10.2139/ssrn.7320629
  4. 4 A Viscoplastic Constitutive Model and Estimation Method of Material Constants for Lead-Free Solder Alloys (2005) doi:10.1115/ipack2005-73103
  5. 5 An improved unified creep-plasticity constitutive model for viscoplastic solder materials (2025) doi:10.21203/rs.3.rs-8219436/v1
  6. 6 Novel Method for Extracting Creep Material Constants in Hyperbolic Sine Constitutive Model via Indentation (2026) doi:10.2139/ssrn.6826892
  7. 7 Applying Anand Model to Represent the Viscoplastic Deformation Behavior of Solder Alloys (1998) doi:10.1115/1.1371781
  8. 8 Viscoplastic Anand model for solder alloys and its application (2000) doi:10.1108/09540910010331428