成膜した膜の厚さが、ウェーハの中心と外周で 1 割違っている。回すつまみを 1 つ選ぶとしたら、距離か、圧力か。
この 2 つは、片方が作用する条件ではもう片方の効果がゼロです。どちらが作用するかを分けているのは、プロセスの名前ではありません。
同じ反応器の中で、Knudsen 数が 5 桁離れる
輸送の領域は、平均自由行程 と代表寸法 の比で決まります。
なら分子流で、分子は無衝突のまま直線で飛ぶ。 なら粘性流で、流れと拡散が支配します。
室温の気体で、ハードスフィア直径 0.36 nm を取ると Pa·cm(40 Pa·cm の下限で使った値と同じ系列です)。したがって
代表寸法を 2 つ取ります。チャンバの 30 cm と、パターンの溝。
| 圧力 | (チャンバ 30 cm) | (溝 1 µm) | (溝 100 nm) |
|---|---|---|---|
| 0.1 Pa | 0.33(遷移) | (分子流) | (分子流) |
| 1 Pa | 0.033(遷移) | (分子流) | (分子流) |
| 10 Pa | 0.0033(粘性) | 1,000(分子流) | (分子流) |
| 100 Pa | (粘性) | 100(分子流) | 1,000(分子流) |
| 1 atm | (粘性) | 0.099(遷移) | 0.99(遷移) |
同じ反応器の中で、チャンバと溝の Knudsen 数が 5〜6 桁離れています。
になる圧力を、寸法ごとに書き出します。
| 代表寸法 | の圧力 |
|---|---|
| チャンバ 30 cm | 0.033 Pa |
| 溝 1 µm | 10 kPa |
| 溝 100 nm | 100 kPa |
| 溝 10 nm | 1 MPa |
大気圧(101 kPa)で分子流に入るのは、98.7 nm より細い寸法です。100 nm を切る溝の中は、圧力を上げても分子流のままになります。
だからチャンバの均一性と溝の埋め込みは、別の物理で動きます。チャンバは流れと拡散、溝は幾何と跳ね返り。「PVD だから幾何」「CVD だから流れ」という対応は、この 2 つを取り違えます。
遷移の領域をまたぐモデルも公開されています。2008 年の任意の Knudsen 数における希薄気体流のすべりモデル1が、運動論から壁面のすべり速度の条件を導き、最も単純な形で線形化 Boltzmann 方程式の数値解に非常に近い予測を、Knudsen 数の全域で与えると報告しています。1 次・1.5 次・2 次のすべりモデルより良い、と。
分子流では、厚みは で落ちる
分子流の側を数にします。
コサイン則に従う微小面積の供給源から、距離 離れた平板へ堆積させます。軸からの距離 での厚みは、供給源側の 、基板側の 、そして距離の 2 乗で決まります。 なので
を入れると
厚みの分布は、 という 1 つの比だけで決まります。
300 mm ウェーハ( mm)で数を入れます。
| 投げ距離 | 端 / 中心 |
|---|---|
| 150 mm | 0.250 |
| 300 mm | 0.640 |
| 500 mm | 0.842 |
| 1,000 mm | 0.957 |
| 2,113 mm | 0.990 |
±1% に届くには、投げ距離 2.1 m が要ります。
| 許す不均一 | 要る投げ距離(300 mm ウェーハ) |
|---|---|
| ±1% | 2,113 mm |
| ±5% | 931 mm |
| ±10% | 645 mm |
投げ距離はウェーハ半径に比例します。200 mm から 300 mm へ移ると、同じ許容に要る距離が 1.5 倍。±1% なら 1,409 mm から 2,113 mm へ。
この形を実装へ落とす手順も公開されています。1992 年の熱蒸着 PVD における層厚均一性の最適化手順2、そして2007 年のオフアクシスのマグネトロン源から回転基板への膜厚均一性を定量した研究3が、コサイン則に基づいて、ターゲット–基板距離、軸ずれ量、放出特性、侵食溝の幅、要求膜厚を変数に含めた最適形状の式を与えています。分布そのものより最適形状を対象にしているので、設計のたびに詳細計算を回す手間が減る、と。
均一性と材料利用率は、 で結ばれている
投げ距離を伸ばすと、材料が届かなくなります。その損は、上の式から閉じた形で出ます。
コサイン則の供給源が半球全体へ放つ総流束は 。半頂角 ()の円盤が受け取るのは
なので、利用率は
ここで上の を代入します。 なので
投げ距離もウェーハ半径も消えます。端と中心の厚み比が決まれば、材料利用率が決まる。
| 許す不均一 | 材料利用率 | |
|---|---|---|
| ±1% | 0.99 | 0.50% |
| ±2% | 0.98 | 1.01% |
| ±5% | 0.95 | 2.53% |
| ±10% | 0.90 | 5.13% |
| ±20% | 0.80 | 10.6% |
| ±36% | 0.64 | 20.0% |
±1% を点源で取ると、材料の 99.5% が壁へ行きます。
この式の変数は、 だけです。投げ距離を伸ばしても、チャンバを大きくしても、ウェーハを小さくしても、この曲線の上を動くだけ。
だから曲線から降りる手が要ります。降り方は、単一の点源という前提を壊すことの 1 つだけです。基板を回す、複数の供給源を使う、供給源を面へ広げる、軸をずらす。
1972 年の遊星型基板ホルダ形状における膜厚分布と段差被覆の研究4が、その最初期の形を対象にしています。基板を自転と公転の 2 軸で動かせば、各点が受ける立体角の時間平均が揃う。上の式は瞬間の分布についての式なので、時間平均を取る操作はこの関係に入っていません。
同じ理由で、コサイン則そのものが破れる場合もあります。1975 年の Mo ボートからのインジウム蒸着の研究5が、自由分子流に対する Knudsen のコサイン則が、この場合には破れることを示しています。
上の は、コサイン則が成り立つ点源に対する上限です。実際の供給源が指向性を持てば、同じ均一性でより高い利用率が取れる。逆に言えば、この式を下回る報告があれば、供給源の放出分布を測る価値があります。
溝の中は、付着確率が支配する
チャンバの側と、溝の側を分けます。溝の中の Knudsen 数は上の表のとおり 級なので、常に分子流です。
分子流の中で膜が溝の奥へ届くかどうかは、付着確率 が決めます。当たった分子のうち が残り、 が跳ね返る。
が低いほど奥まで届きます。 なら入り口で全部が止まる。 なら平均 1,000 回近く跳ね返ってから固定されるので、そのあいだに奥を探索します。
この値は測定の対象です。1988 年のポリシリコン上のシランとジシランの反応性付着確率の研究6が、分子ビーム散乱と超低圧コールドウォール反応器の成膜レート測定から、広い温度と流束(圧力)の範囲で値を取り、非線形な Arrhenius 温度依存と、低温側では流束が増えると付着確率が下がることを報告しています。
ここが実務の要点です。付着確率は温度に加えて流束の関数でもある。供給を増やす操作そのものが、値を動かします。成膜レートを上げるために分圧を上げると、 が下がって段差被覆が良くなる——という向きにも働く。
高アスペクト比の中での輸送は、この と幾何を組み合わせたモデルで計算する対象です。2011 年の高アスペクト比ナノ細孔における原子層堆積の弾道輸送と表面反応モデル7が、Knudsen 数が非常に大きいので細孔内の気相輸送は純粋に弾道的になるという前提から、細孔表面の要素間の流束を記述する透過確率関数を作り、表面反応モデルと結合して空間分解の反応進行プロファイルを解いています。4 件の既報と突き合わせて検証した、と。
「弾道的」という前提が使えるのは、溝の Kn が大きいからです。上の表の という数字が、そのまま計算手法の選択になっています。
つまみを選ぶ前に、領域を確定させる
3 つの節を 1 つの手順にまとめます。遷移の領域に入った場合は、すべりモデル1の側へ回します。
| 症状 | 輸送の領域 | 回すつまみ | 効かないつまみ |
|---|---|---|---|
| ウェーハ面内の膜厚ばらつき | 分子流(チャンバ ) | 供給源との距離・角度、自転と公転、供給源の形 | 圧力(分子どうしの衝突がゼロ) |
| ウェーハ面内の膜厚ばらつき | 粘性流(チャンバ ) | 全圧、キャリアガス、流量、注入口の配置 | 供給源の位置(流れの形が同じなら一定) |
| 溝の底が薄い | 分子流(常に) | 付着確率(温度、分圧、前駆体) | 供給源の位置 |
切り分けの材料は の積 1 つです。チャンバの で計算した が 1 Pa·cm より小さければ分子流、大きければ粘性流。
プロセスの名前は、この切り分けには関係しません。スパッタは 0.1 Pa()でも 3 Pa(0.011)でも動きます。同じ装置の運転範囲の中で、領域の境目をまたぎます。
だから「PVD だから距離を追い込む」という順序が、時間を溶かします。先に を計算し、領域を確定させ、それからつまみを選ぶ。
現場で動く判断
- 領域の切り分けは です( は Pa、 は cm)。 Pa·cm が分子流と遷移流の境目。チャンバ 30 cm なら 0.033 Pa。
- 同じ反応器の中で、チャンバと溝の が 5〜6 桁離れます。1 Pa でチャンバ 0.033、1 µm の溝 。均一性と埋め込みは、別の物理で動きます。
- コサイン則の点源では、厚み比が です。300 mm ウェーハで ±1% に届くには投げ距離 2,113 mm。投げ距離はウェーハ半径に比例します。
- 均一性と材料利用率は で結ばれています。投げ距離もウェーハ径も式から消える。±1% なら 0.50%、±10% なら 5.13%。
- はコサイン則の点源に対する上限です。コサイン則からの逸脱は実測されている5ので、式を上回る報告は供給源の放出分布を測る動機になります。
- 溝の中を支配するのは付着確率です。 が低いほど奥まで届く。値は温度と流束の両方で動きます6。
- 分圧を上げる操作は、成膜レートと付着確率の両方を動かします。低温側では流束の増加とともに付着確率が下がる6ので、レートと段差被覆が同じつまみに乗っています。
- プロセスの名前は、領域の切り分けには関係しません。スパッタは 0.1 Pa と 3 Pa のあいだで境目をまたぐ。先に を計算し、それからつまみを選びます。