平行平板の DC 放電で選べる圧力の範囲は、不等式 1 本で切られています。
が電極間隔、 が圧力。この積を下回ると、陰極から出た電子が陽極へ着くまでに電離衝突を起こし終えるので、放電が維持できる条件から落ちます。
マグネトロンは、この式の を電極間隔から切り離した装置です。磁場で電子を軌道に捕らえれば、飛程は隙間の寸法と別になる。
40 Pa·cm は、電離の平均自由行程そのもの
必要な条件は「陽極へ着くまでに 1 回は電離できること」だけです。だから最小の は、電離衝突の平均自由行程に一致します。
室温の理想気体で数密度を出します。 K、 を Pa、体積を cm³ で測ると
小さい分子の 1 keV での電離断面積 cm² を入れて
40 Pa·cm が再現します。経験則の形をしていますが、中身は平均自由行程 1 本です。
この式は 2 通りに使えます。放電が欲しい場所では下限、放電を止めたい場所では上限。電極の裏や給電線へ沿わせる接地板は、間隔をこの より十分小さく取れば、そこで放電が立つ条件を切れます。
ただし だけで書ける範囲には、条件が付きます。2019 年の DC グロー放電アルゴンプラズマにおける修正 Paschen 則の実験的検証1が、電極間隔 と電極半径 を振って絶縁破壊電圧を測り、 が に加えて にも依存することを報告しています。
を揃えれば、装置の形が別でも同じ で同じ破壊電圧になる。逆に言えば、 の異なる装置どうしで だけを合わせたとき、破壊電圧は別の値になります。電極が小さい装置、間隔の広い装置では、40 Pa·cm を持ち込む前に を数えます。
下限圧力が、スパッタ粒子を熱化させる
下限の圧力には、その先の帰結が付いてきます。
間隔 cm の装置なら
この圧力での原子どうしの平均自由行程を出します。ハードスフィア直径 0.36 nm( cm²)を取ると Pa·cm なので、10.2 Pa では cm。
スパッタ粒子は基板へ着くまでに 41 回衝突します。
41 回が何を意味するかは、1 回あたりのエネルギー損失から出ます。質量 の粒子が質量 のガスと弾性衝突するとき、平均の損失割合は
Ar()中で、スパッタ直後の 5 eV から熱エネルギー 0.04 eV まで落ちるのに要る衝突回数を解きます。
| 金属 | 質量数 | 1 回の損失割合 | 要る衝突回数 | 熱化の |
|---|---|---|---|---|
| Ti | 47.87 | 0.496 | 7.0 | 7.0 Pa·cm |
| Al | 26.98 | 0.481 | 7.4 | 7.3 Pa·cm |
| Cu | 63.55 | 0.474 | 7.5 | 7.5 Pa·cm |
| Mo | 95.95 | 0.415 | 9.0 | 9.0 Pa·cm |
| W | 183.84 | 0.293 | 13.9 | 13.9 Pa·cm |
重い金属ほど、Ar との質量差が開いて 1 回あたりの損失が小さくなり、熱化に要る距離が伸びます。W は Cu の 1.9 倍。
この量そのものが測定・計算の対象です。2014 年の熱化の圧力距離積を Monte Carlo で推定する研究2が、スパッタで放出された原子の「平均位置」が飽和する地点をもとに熱化距離を求める方法を提案し、Al、Cu、Mo の Ar 中での を出して、実験の成膜プロファイルの圧力依存とよく一致したと報告しています。上の表が同じ 3 金属を含んでいるのは、そちらの値との比較を成り立たせるためです。熱化という現象そのものは1981 年の研究3以来の対象で、輸送の基本量として研究されてきました。
41 回は、熱化に要る 7.5 回の 5.5 倍です。つまり間隔 4 cm の平行平板が下限の圧力で基板へ届けられるのは、完全に熱化した粒子までです。
| 圧力 | Cu の熱化距離() | 4 cm との比 |
|---|---|---|
| 10.2 Pa(下限) | 0.74 cm | 5.4 倍の余裕で熱化 |
| 3 Pa | 2.5 cm | 1.6 倍 |
| 1 Pa | 7.5 cm | 届く前に 0.53 倍 |
| 0.1 Pa | 75 cm | 0.05 倍、ほぼ無衝突 |
0.1 Pa なら、スパッタ粒子は運動エネルギーの大半を保ったまま基板へ着きます。平行平板では届かない範囲。そこへ行くための装置がマグネトロンです。
磁場は、飛程を電極間隔から切り離す
マグネトロンは陰極の上に横向きの磁場を張ります。ビーム電子はそこに捕らえられ、陽極へ抜けるには衝突による散乱が要る。経路長が電極間隔と無関係になります。
旋回半径を出します。エネルギー に加速された電子の速さは なので
500 eV で数を入れます。
| 磁束密度 | 旋回半径 (500 eV) |
|---|---|
| 0.01 T | 7.54 mm |
| 0.03 T | 2.51 mm |
| 0.05 T | 1.51 mm |
| 0.1 T(Nd-Fe-B) | 0.75 mm |
電子が「磁化された」と言える条件は、電子の平均自由行程が旋回半径より長いことです。上の Pa·cm を使うと、等号になる圧力が出ます。
| 圧力 | 平均自由行程 / 旋回半径 |
|---|---|
| 0.1 Pa | 1,619 |
| 1 Pa | 162 |
| 3 Pa | 54 |
| 10 Pa | 16 |
| 100 Pa | 1.6 |
「圧力を数 Pa 未満に保つ」という運用則には、162 Pa という天井があります。3 Pa での余裕は 54 倍。余裕が 1 桁を切るのは 16 Pa あたりからで、そこから先は磁場に代わってガス散乱が電子のふるまいを支配します。
イオンのほうは磁化されません。質量比の平方根だけ旋回半径が大きくなるので、Ar⁺ なら 倍。2.51 mm が 68 cm になり、装置の寸法を超えます。同じ磁場が、電子だけを捕らえてイオンを素通りさせる。マグネトロンが立っている根拠はここです。
捕らえた電子が電流をどう運ぶかは、1983 年のマグネトロンスパッタ系の電流電圧特性の研究4が測っています。マグネトロン形状での空間電荷制限された電子電流が、電子移動度を無磁場の値から数桁下げている、と。次節はこの測定から始めます。
電流電圧特性は 2 乗——ただし 0.1 Pa での実効指数は 10
マグネトロンの電源を選ぶには、電流電圧特性が要ります。
1983 年のマグネトロンスパッタ系の電流電圧特性の研究4が、DC と RF の両方について
の形に乗ることを示しています。 は放電を維持する最小電圧。平面マグネトロン、S ガン、円筒マグネトロンのいずれの文献データもこの式に乗ると報告されています。
同じ研究が圧力依存も与えています。 は 0.1 Pa の約 400 V から 1 Pa の 250 V へ下がり、より高い圧力でさらに下がる。 は 0.1 Pa から 10 Pa へ上げると約 50 から 300 A/kV² まで増える。 の由来は、マグネトロン形状での空間電荷制限された電子電流で、電子移動度を無磁場の値から数桁下げていること。
ここで「2 乗だから緩やか」と受け取ると、運転点を取り違えます。実効指数は対数微分で出ます。
のオフセットがあるので、 が に近いほど指数が跳ね上がります。
| 圧力 | 500 V での実効指数 | 700 V での実効指数 | |
|---|---|---|---|
| 0.1 Pa | 400 V | 10.0 | 4.67 |
| 0.5 Pa | 300 V | 5.0 | 3.50 |
| 1 Pa | 250 V | 4.0 | 3.11 |
| 10 Pa | 200 V | 3.33 | 2.80 |
0.1 Pa・500 V では、電圧 1% の変動が電流 10% の変動になります。10 Pa での 3.3 の 3 倍。
マグネトロンが存在する理由は低圧で回すことでした。その低圧側こそ、電源に要る安定度が高い。「マグネトロンは平行平板より電圧の立ち上がりが緩やか」という一般論は、 の側でだけ成り立ちます。
定電流制御を選ぶ理由が、ここで数になります。電圧制御で 0.1 Pa を回すなら、電源の電圧安定度は目標の電流安定度の 10 分の 1 が下限です。
同じ電力へ行くのに要る電圧は、100 V 刻み
同じ式から、電力の刻み方も出ます。0.1 Pa( V、 A/kV²)で。
| 電圧 | 電流 | 電力 |
|---|---|---|
| 450 V | 0.125 A | 56 W |
| 500 V | 0.50 A | 250 W |
| 600 V | 2.00 A | 1,200 W |
| 700 V | 4.50 A | 3,150 W |
500 V から 600 V へ 20% 上げると、電力が 4.8 倍になります。
平行平板の 1,000〜2,000 V に対して、マグネトロンは 500 V 前後。同じ密度を保つのに要る電圧が 2〜4 分の 1 です。この と の圧力依存は、上の1983 年の測定4がそのまま与えています。陰極シースの電圧が低いぶん、ターゲットから負イオンとして出た元素が膜へ打ち込まれるエネルギーも下がります。経路そのものは生きていますが、桁が下がる。
削れ方の偏りは、磁気ミラーから来る
代償があります。ターゲットの削れ方が偏ります。
原因は磁気ミラーです。磁力線が収束する向きへ電子が進むと、旋回速度と直進速度のあいだで配分が動く。十分に強い磁場の位置へ届く前に直進成分がゼロになった電子は、跳ね返されます。
マグネトロンでは内側と外側の両方で磁力線が磁極へ収束しているので、電子は中間の半径へ押し込められる。そこだけプラズマとイオン衝撃が濃くなり、トレンチ状の侵食になります。
侵食形状は設計段階で計算できる対象です。2022 年の平面マグネトロンのターゲット侵食予測の研究5が、ターゲット上のプラズマ発光と磁場分布の相関から侵食形状のモデルを作り、磁場分布を直接測定または計算して消耗プロファイルを計算するソフトウェアを開発しています。用途は、多磁石系の設計工数の削減。
| 手 | 結果 |
|---|---|
| 磁場を平らに設計する | 圧縮を弱める |
| スパッタ中に磁石を機械走査する | 偏りは減るが機構が増える |
| 円筒(ポスト)型にする | 閉じた経路として優秀で、材料利用効率が高い |
| 矩形型と基板搬送を組む | 広い面積で ±2% の均一性 |
設計段階で侵食形状を計算できるなら、磁石配置の探索が机上で回ります。試作ターゲットを削り切る回数が、そのまま工数です。
もう 1 つの代償は基板側です。横向き磁場でプラズマがターゲットの上に局在するので、基板側のプラズマ密度が平行平板よりずっと低くなります。イオン衝撃の流束も比例して下がる。
中性のスパッタ粒子だけで膜構造が決まる場合、これは長所です。基板の加熱も減る。衝撃が要る場合は、別に足します。
85% を電離すると、入射角が揃う
足し方の 1 つが、スパッタ粒子そのものを電離する方法です。マグネトロンの下流に RF コイルを置き、誘導結合の二次プラズマを通します。
数字がついています。圧力を 4 Pa まで上げてスパッタ粒子の滞在時間を稼ぎ、深さ 8〜10 cm の二次プラズマを通すと、スパッタされた金属の 85% が電離する。
背景の Ar より高い電離率になるのは、金属の電離ポテンシャルが低いからです。1998 年の Ar/Cu プラズマにおける金属蒸気イオン濃度の測定6が、Langmuir プローブでイオン飽和電流と電子飽和電流の比から Cu と Ar のイオン濃度を分離し、RF 電力を一定にしてスパッタ速度を上げると、Cu イオン濃度が急速に増えて、やがて Ar を抜いて放電の主要イオン種になると報告しています。
同じ測定が、その副作用も記録しています。マグネトロン電力とともに、Ar を電離できるエネルギーを持つ電子の割合が下がる。発光分光でも、電子エネルギー分布関数の裾が Cu の導入で消費されていることが裏付けられています。原因はCu のしきい値が低く励起・電離断面積が大きいこと、そしてプラズマ電位の低下。
「金属を電離する」操作は、同じプラズマから Ar を電離する能力を奪っています。2 つの電離率は、同じ電子集団を取り合う 1 組の量になります。
電離した金属は負バイアスで基板へ引けます。ここで動くのは方向です。イオンにすると金属が基板へより垂直に入射し、段差の上の角に材料が積み上がる問題が減る。
Ar⁺ を加速するのとは意味が違います。Ar⁺ は削るだけですが、金属イオンは成膜する粒子そのものの入射角を揃えています。
この差は、溝の形として計算する対象です。1995 年の電離マグネトロンスパッタ成膜における溝埋め込みプロファイルのシミュレーション7が、電離した金属種と中性種の両方の堆積、そして金属イオンと Ar のような不活性ガスイオンによる堆積膜のスパッタ(エッチング)を同時に含めたモデルで、衝撃追跡アルゴリズムを使って表面形状の時間発展を計算し、実験と比べています。
熱化した中性粒子が届く範囲は、深い穴の入口までです。あらゆる方向から降ってくるので、材料が入口の角に積み上がる。電解めっきのシードは、この方向性が要る場所の代表です。
現場で動く判断
- Pa·cm は、電離の平均自由行程そのものです。 K、 cm² で 40.73 Pa·cm と再現します。放電が欲しい場所では下限、放電を止めたい場所では上限として使います。
- だけで書ける範囲には条件が付きます。修正 Paschen 則1は 。 の異なる装置どうしで を合わせたとき、破壊電圧は別の値になります。
- 間隔 4 cm の平行平板は、下限 10.2 Pa で基板まで 41 回衝突します。Cu の熱化に要るのは 7.5 回なので、5.4 倍の余裕で熱化が完了します。この構成で基板へ届く粒子は、すべて熱化済みです。
- 熱化の は質量で動きます。Ti 7.0、Al 7.3、Cu 7.5、Mo 9.0、W 13.9 Pa·cm。Monte Carlo での推定法2が Al・Cu・Mo の値を与えているので、装置の へ掛け合わせる相手があります。
- 旋回半径は 。500 eV・0.03 T で 2.51 mm。磁化の条件が切れるのは 162 Pa で、3 Pa での余裕は 54 倍です。
- イオンは磁化されません。Ar⁺ の旋回半径は電子の 271 倍で 68 cm。同じ磁場が電子だけを捕らえる構図が、マグネトロンの前提です。
- 4 の実効指数は です。0.1 Pa・500 V で 10.0、10 Pa・500 V で 3.33。低圧側ほど電源に要る安定度が高い。電圧 1% の変動が電流 10% になります。
- 0.1 Pa では、500 V から 600 V の 20% で電力が 4.8 倍になります。定電流制御を選ぶ根拠がここです。
- 削れ方の偏りは磁気ミラーから来ます。侵食形状は設計段階で計算できる5ので、磁石配置の探索を試作ターゲットの消費から机上へ移せます。
- 金属の電離と Ar の電離は、同じ電子集団を取り合います。Cu イオンが主要イオン種になると、Ar を電離できる高エネルギー電子の割合が下がる6。2 つの電離率を別々の設計変数とする前に、この結合を勘定します。
- 金属イオンが揃えているのは、成膜する粒子そのものの入射角です。Ar⁺ の加速とは別の操作。溝の埋め込みプロファイルとして計算する対象7なので、深い穴のシードは形状で検証へ回せます。