溝の底に膜が薄く付く現象を、「まわり込みの良し悪し」という言い方で済ませていました。割合の式があります。
分子が溝の中で壁に当たるたびに、ある確率で反応して張り付きます。その確率を と書けば、底まで届く割合はアスペクト比の指数で落ちる。つまり制御量は 単独でも深さ単独でもなく、2 つの積です。
100 nm の溝は、760 Torr でも分子流の側にある
先に、溝の中でどの輸送が働くのかを決めます。平均自由行程を 、溝の幅を として、クヌッセン数は 。
K、衝突直径 Å を代入します。この 2 つは手順を示すために据えた値で、実測値と別です。
| 炉の圧力 | nm での | µm での | |
|---|---|---|---|
| 0.1 Torr | 1.31 mm | 13100 | 1310 |
| 1 Torr | 131 µm | 1310 | 131 |
| 10 Torr | 13.1 µm | 131 | 13.1 |
| 100 Torr | 1.31 µm | 13.1 | 1.31 |
| 760 Torr | 173 nm | 1.73 | 0.17 |
100 nm の溝は、大気圧の炉の中でも です。炉の本体が粘性流の領域にあっても、溝へ入った瞬間に分子流へ切り替わる。
2011 年の高アスペクト比ナノ細孔における ALD の弾道輸送と表面反応のモデル1が、この領域を前提にしています。クヌッセン数が非常に大きいので、ナノ構造の内側の気相輸送は純粋に弾道的になる、という立て方です。分子どうしの衝突が抜け落ちて、壁との衝突だけが残る。
炉の圧力を動かす操作の届く先は、溝の外までです。大気圧から 0.1 Torr まで 4 桁変えても、 は 1.73 から 13100 へ動くだけで、1 をまたぐ場面が来るのは 5 桁目から先。2 つの勘定は、ここで切り離しておきます。
1 µm の溝であれば、760 Torr で 。幅で 1 桁動かすと、境目の側へ移ります。
底まで届く割合は、反応確率とアスペクト比の積で落ちる
分子流の溝の中で、分子は直進して壁に当たります。壁で反応する確率を 、反射する確率を とする。
幅 の溝では、壁から壁へ 1 回渡るあいだに深さ方向へおよそ だけ進みます。だから深さ まで届くには、おおよそ
回の壁との衝突を経る。各回で確率 が生き残るので、底まで届く割合は
が小さいところでは です。制御量は の積になります。
| 0.13 | 0.498 | 0.248 | 0.062 | 0.003 |
| 0.05 | 0.774 | 0.599 | 0.358 | 0.110 |
| 0.01 | 0.951 | 0.904 | 0.818 | 0.649 |
| 0.003 | 0.985 | 0.970 | 0.942 | 0.879 |
| 0.001 | 0.995 | 0.990 | 0.980 | 0.958 |
を 1 桁下げると、同じアスペクト比で被覆率が 0.25 から 0.90 へ移ります。
この は実測の対象になります。2010 年の高アスペクト比形状における高分子被膜の被覆率可変性の研究2が、アスペクト比の異なるマイクロトレンチで測った被覆率へ弾道モデルを当て、開始ラジカルの付着確率 を 0.01 から 0.05 の範囲へ当てはめています。同じ研究は、 が開始剤の濃度から独立であること、そして単量体の表面濃度を固定すれば基板温度からも鈍いことを示している。
を動かしたのは、単量体の表面濃度でした。気相の分圧でも温度でもなく、表面に何がどれだけ座っているか。つまみの位置が、そこにあります。
必要な反応確率は、アスペクト比に反比例する
上の式を逆に解きます。底での被覆率を 以上にする条件は
必要な は です。深さが 2 倍になれば、反応確率を半分にする。
| アスペクト比 | ||
|---|---|---|
| 5 | 0.0209 | 0.0102 |
| 10 | 0.0105 | 0.0051 |
| 20 | 0.0053 | 0.0026 |
| 43 | 0.0024 | 0.0012 |
| 100 | 0.0011 | 0.0005 |
ここへ公開の実測を入れます。1996 年のアルミニウム CVD における付着係数と成長速度の研究3は、高温の流束律速領域で実効の付着係数を と求め、この値が温度から鈍いこと、そして当時の CVD モデルが予想する値よりかなり低いことを報告しています。同じ研究は、立体障害が の上限を与え、それが到達しうる最大成長速度を決めていると提案している。
を上の表へ当てます。アスペクト比 43 で必要なのは 0.0024。実測は 54 倍です。 なので、底へ届くのは 0.3% まで。
この差が、自己制限反応が要る理由です。2003 年の狭い穴や溝における ALD の被覆率の速度論モデル4は、2 つの蒸気の相補的な自己制限反応で穴の内側を等厚に覆う条件を導き、アスペクト比 43 の穴で完全な等厚を実測と突き合わせています。必要な条件は 2 つで、最低限の蒸気量と、穴の入口での蒸気圧と曝露時間の積の下限。
制御量が から「分圧×時間」へ移りました。表面が飽和した時点で、膜厚は 1 サイクルぶんで頭打ちになります。だから深さ方向の差が、反応確率から供給量の側へ移る。 の上限から抜ける道が、ここにあります。
重い不活性ガスを混ぜると、実効の反応確率が 11 分の 1 になる
自己制限反応へ移らずに を下げる道もあります。
2024 年の競合共拡散による CVD 被覆率の改善5は、混合気体の中では軽い分子のほうが速く拡散するという性質を使っています。重い不活性分子を拡散の添加剤として入れると、反応種の拡散が相対的に速くなる。単一源の前駆体による炭化ホウ素の熱 CVD へ Xe を共流ししたところ、550 °C、アスペクト比 10:1 の形状で被覆率が 0.71 から 0.97 へ上がったと報告しています。
上の指数モデルへ、この 2 つの被覆率を逆に入れます。 として
| 条件 | 被覆率 | 逆算した実効 |
|---|---|---|
| Xe 無し | 0.71 | 0.0337 |
| Xe 共流し | 0.97 | 0.0030 |
実効の反応確率が 11.1 分の 1 になった勘定です。壁の化学そのものは同じなので、下がったのは「壁と当たる頻度に対する反応の頻度」のほうです。
同じ報告の 2 つ目の実験が、この逆算の検算になります。500 nm の隙間を持つ横型の高アスペクト比チップで、約 25 µm の侵入深さまで材料の均質さが保たれた、とあります。アスペクト比は 。
逆算した を へ入れると
アスペクト比 10 の実験から逆算した数が、アスペクト比 50 の実験へ 86% を返します。2 つの実験は別の形状・別の測り方なので、これは桁の一致として取ります。それでも、 が制御量だという立て方は、2 点で同じ を返しました。
反応律速では、温度のムラが指数で膜厚へ移る
ここまで溝の中を見てきました。ウェーハ全面の側では、別の量が支配します。
表面反応の速度定数はアレニウス型です。
いっぽう気相拡散係数は の型なので
K で数を入れます。
| 律速の型 | 感度 |
|---|---|
| 反応律速 eV | 1.43 %/K |
| 反応律速 eV | 2.15 %/K |
| 反応律速 eV | 2.87 %/K |
| 拡散律速 | 0.19 %/K |
比は 11 倍です。 eV なら 15 倍。基板温度のムラは、反応律速のときだけ指数を通って膜厚へ移ります。
この感度の大きさは、逆向きの用途を生みました。1989 年のコールドウォール LPCVD 炉におけるポリシリコン堆積によるウェーハ温度均一性の測定6は、ポリシリコンの膜厚を化学的な温度計として使い、輻射ヒータの設計を直して 100 mm ウェーハで 0.2%、150 mm まで 0.5% の温度均一性へ到達したと報告しています。同じ最適化の適用例として、150 mm ウェーハ上 140 mm の走査で膜厚均一性 4% の選択タングステンを挙げている。
膜厚計と温度計は、同じ指数の表と裏です。温度計として使えるほど敏感だということは、温度のムラがそのまま膜厚のムラになるということです。
数で追います。900 K の 0.2% は 1.8 K。
| 温度の広がり | 反応律速 eV | 拡散律速 |
|---|---|---|
| 1.8 K(0.2%) | 3.9% | 0.35% |
| 4.5 K(0.5%) | 9.7% | 0.87% |
報告されている膜厚均一性 4% は、この範囲の中にあります。膜が別で も別なので、これは桁の一致として取ります。
拡散律速の列では、同じ温度ムラが 10 分の 1 以下になっています。温度の均一性を直す手立てが炉の側に無いとき、拡散律速の側へ落とすほうが膜厚は揃う。律速段階の選択は、速さより、自分の炉で直せるムラの種類で立ちます。
ウェーハの隙間を渡る拡散が、成膜速度の天井を与える
拡散律速を選んだ炉では、こんどは供給の側が上限になります。ウェーハを縦に重ねる炉では、反応種は隙間を半径方向に拡散して中心へ届く。
隙間 、ウェーハ半径 、両面が流束 で消費するとします。半径 の内側で消費される量を、そこを通る拡散流束が支える条件から
中心での枯渇率を とすると
ここで は反応種の数密度です。 という積が出てきました。
(中心での枯渇 1% 以下)で数を入れます。膜はポリシリコン、 cm⁻³ とします。
| 隙間 | 半径 | 成長速度の天井 | |
|---|---|---|---|
| 0.5 cm | 10 cm | cm⁻²s⁻¹ | 0.072 nm/s |
| 1.0 cm | 10 cm | 0.14 nm/s | |
| 2.0 cm | 10 cm | 0.29 nm/s | |
| 1.0 cm | 15 cm | 0.064 nm/s | |
| 2.0 cm | 15 cm | 0.13 nm/s |
天井は に比例します。ウェーハ半径が 10 cm から 15 cm へ増えると、同じ隙間で天井は 2.25 分の 1。隙間を 2 倍にすれば戻りますが、1 本の炉へ入る枚数が半分になります。
枚数と速度が、同じ を奪い合う。炉の生産性を枚数×速度で測ると、この積は から独立になります。
微細形状は、この勘定へもう 1 つ入ってきます。2014 年の多スケール CVD 工程における巨視的均一性のためのウェーハ微細形状密度の設計7は、溝や穴の密度そのものを自由度として使う方向を示しています。表面積が増えれば局所の消費が増えるので、供給が薄い場所の密度を下げれば、巨視的な均一性が戻る。多スケールの計算で、被覆率 0.95 を超える溝の本数と巨視的均一性の両方が改善したと報告しています。
消費の側を設計する、という向きです。供給の不均一を供給で直せないとき、消費の分布で釣り合わせる。
現場で動く判断
- 溝の中の輸送は、炉の圧力から独立です。100 nm の溝は 760 Torr でも 。弾道輸送を前提にしたモデル1の領域なので、炉の勘定と溝の勘定を別の表で持ちます。
- 底までの被覆率は です。制御量は の積。深さを 2 倍にしたら、反応確率を半分にする必要があります。
- 自己制限反応は、制御量を から分圧×時間へ移します。アスペクト比 43 で完全な等厚4の条件は、最低限の蒸気量と、入口での分圧×曝露時間の下限の 2 つです。
- 重い不活性ガスの共流しは、実効の反応確率を下げます。被覆率 0.71 から 0.975 を で逆算すると は 0.0337 から 0.0030。同じ がアスペクト比 50 の実験へ 86% を返します。
- 温度感度の比は 11 倍です。反応律速 eV で 2.15 %/K、拡散律速で 0.19 %/K。温度均一性を直す手立てが無い炉では、拡散律速の側が膜厚を揃えます。
- 膜厚は温度計にもなります。ポリシリコン膜厚を化学的な温度計として使う手法6が 0.2% の温度均一性を出しました。温度計として使えるほどの感度は、そのまま膜厚ムラの感度です。
- 成膜速度の天井は に比例し、圧力から独立です。 が圧力から消えるためです。隙間を広げて速度を稼ぐと、1 本あたりの枚数が同じだけ減ります。
- 供給の不均一は、消費の分布でも釣り合います。微細形状の密度を自由度として設計する7方向が、多スケールの計算で巨視的均一性と被覆率の両方を改善しています。