「基板温度を上げれば膜が緻密になる」。上げるべき温度が何度かは、材料で 10 倍ほど動きます。
判断の軸になるのは絶対温度より相同温度 ——基板温度を材料の融点で割った無次元量です。この が同じなら、Al でも W でも似た組織になる、というのが構造帯模型の主張です。
原典が実際に観測した帯は、3 つのうち 2 つ
構造帯模型の出発点は、1969 年に提案された 3 帯の模型です。それをスパッタ膜へ広げたのが、1974 年の装置形状と成膜条件が厚膜の構造と表面形態へ与える影響の報告1です。
実験の規模を先にたどっておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 装置 | ポストカソードとホローカソード、2 つの円筒対称な相補的形状 |
| 膜 | 厚さ約 25 µm、Mo・Cr・Ti・Fe・Cu・Al 合金 |
| 基板 | ガラスと金属 |
| 成膜速度 | 1000〜2000 Å/min |
| 振った条件 | 基板温度、アルゴン圧力、プラズマ衝撃 |
| 観察 | 走査電子顕微鏡(表面形態と破断面)、金属組織観察(研磨断面)、X 線回折(結晶方位) |
結論はこうです。微細組織は概ね 3 帯の模型と一致した。差が 3 点挙げられています。
- 低いアルゴン圧力では、帯 1 と帯 2 のあいだに広い遷移帯が見つかった。緻密に詰まった繊維状の粒から成る領域で、これが ZT(遷移帯)です
- 帯 2 の柱状粒は高温でファセットを持つ傾向があり、さらに高温では平滑な平面へ置き換わることが多かった
- 帯 3 の等軸粒は、調べた成膜条件では概ね観測されなかった
3 番目に注目してください。教科書の図でいちばん上に描かれる帯は、この報告では観測されていません。
「帯 3」を根拠に使うときの注意
上の報告は、ZT を足して 4 帯にした側の原典でもあります。その同じ報告が、帯 3 の観測について「概ね無し」と書いています。
続く1975 年の銅厚膜の報告2でも同じです。基板温度 50〜950 °C という広い範囲を取ったうえで、「真に等軸な粒構造は、ホローカソードでは概ね観測されなかった」。
つまり 4 帯の図のうち、スパッタの原典が直接示しているのは帯 1・ZT・帯 2 の 3 つです。帯 3 は 1969 年の蒸着膜の模型から引き継がれた部分になります。
実務での受け取り方はこうなります。「高温にすれば帯 3 の等軸粒になる」という見込みで工程を組むとき、その根拠がスパッタの実測なのか、蒸着の模型からの外挿なのかを分けます。1975 年の報告が同じ温度域で見ているのは、等軸粒より再結晶と粒成長(900 °C 近傍)、そして 350 °C 以上での焼鈍双晶のほうです。
成膜速度は、低温側の帯を動かさなかった
「レートを下げれば緻密になる」という言い方をよく聞きます。原典が支持しているのは、別の向きです。
1975 年の銅厚膜の報告2が、速度を正面から振っています。
| 項目 | 範囲 |
|---|---|
| 膜厚 | 25.4〜254 µm |
| 基板 | 銅・タンタル・ステンレス |
| 基板温度 | 50〜950 °C |
| 成膜速度 | 200〜18,000 Å/min(90 倍) |
| アルゴン圧力 | 1 mTorr と 30 mTorr |
結果が 1 文で書かれています。「低温側の構造帯についても、高温で形成される膜の柱状性についても、成膜速度による有意な影響は見出されなかった。」
90 倍の範囲で振って、帯はそのままでした。
帯を支配しているのは、表面拡散のほう
帯を左右している実体は何か。2012 年の Ag 膜成長における吸着原子表面拡散率の影響の研究3が、温度を動かさずにこれを分離しています。
手口が巧妙です。同じ Ag を、拡散率の高い基板と低い基板の 2 種類へ載せます。
| 基板 | Ag 吸着原子の表面拡散率 |
|---|---|
| 非晶質 SiO₂ | 高い |
| 非晶質 Ge | 低い |
非晶質 Ge の側では、Ag の島が合体したあとも拡散率が抑えられたままでした。理由は in-situ XPS で確かめられています。成長中の膜の表面へ Ge が連続的に(再)偏析している。
結果は明確です。非晶質 SiO₂ 上と非晶質 Ge 上の Ag 膜は、粒の形・粒径・結晶方位のいずれについても著しく別の組織を持った。
温度は同じです。動かしたのは拡散率だけ。結論の 1 つ目がこうです。「金属薄膜の微細組織の発達は、吸着原子の表面拡散率に支配されている。」
同じ組織の差が、応力では重なったまま出てくる
同じ研究が、もう 1 つ報告しています。リアルタイムの in-situ 応力測定では、両方の基板で同じ順序が出ました。
組織は著しく別なのに、応力の推移の順序は同じ。別だったのは時間尺度と応力成分の大きさのほうです。
ここから 2 つ出ます。
- 応力の推移の順序は、拡散率の高低にかかわらず同じです。圧縮→引張→圧縮の順は、組織の指標には表れません
- 組織の差は、応力の大きさと時間尺度に出ます。順序より、値と時刻のほうを記録します
現場での使い方はこうです。応力のその場測定は工程の監視に向きますが、組織の合否をそこで下すのは無理です。組織は TEM か XRD で別に取ります。応力の曲線が示すのは「どの段階にいるか」までです。
境目の実測値は 0.24 ± 0.02
帯の境目として広く引かれるのは と です。この を、別の測定から取り直した報告があります。
2010 年の極端な自己遮蔽条件下での物理気相成長のべき則スケーリング4は、斜め入射蒸着(GLAD)のナノロッドを追っています。ロッドの幅 と高さ のあいだに
というべき則を置き、成長指数 を形態発達の指標にします。支配しているのは隣り合うロッドどうし、およびロッド成長面上の島どうしの原子的な遮蔽相互作用です。
解析的な定式化から、 と が平均島間距離に対して線形に依存することが予測され、Al・Cr・Nb・Ta の新旧データで定量的に確かめられています。
境目が出てきます。
「 を相同成膜温度 に対して並べ直すと不連続が生じ、2 次元から 3 次元の島成長への遷移に対応する臨界値 が示唆される。これは測定された島幅の不連続によって独立に裏づけられる。」
より低く、誤差棒が付いています。
入射角を振ると、べき指数は非単調に動く
自己遮蔽は入射角で強まります。では角度を振ればスケーリング指数は単調に動くのか。2012 年の弾道堆積模型における遮蔽効果の研究5が、この点を数値的に調べています。
前提の置き方が要点です。粒子の非垂直入射が生む遮蔽効果は、一種の長距離相互作用である。局所的な付着則では説明できない、ということです。
斜め入射の弾道堆積模型を走らせ、入射角に対して 4 つの量を追っています。
| 量 | 内容 |
|---|---|
| スケーリング指数 | 粗さの膜厚依存 |
| 歪度 | 表面高さ分布の非対称性 |
| 尖度 | 分布の裾の重さ |
| バルク空孔率 | 膜の中の空隙 |
結果の 1 つ目が、単調性の否定です。「スケーリング指数と斜め入射角のあいだには非単調な関係がある。」
2 つ目。歪度と尖度の有限サイズ効果が、斜め入射角に依存する。
2 つ目は測定への警告です。有限サイズ効果が角度に依存するなら、視野の大きさを揃えたまま角度を振った比較では、角度の効果と視野の効果が混ざります。角度を振る実験では、視野も併せて振って両者を分離します。
粗さの「絶対値」は、測る方法で決まる
ここまで組織を追ってきました。最後に、その結果として出てくる粗さという量そのものを追います。
1992 年の光散乱で測定できる表面粗さの領域に関する報告6が、問題を 2 つ立てています。
- どこまで粗い表面なら、光散乱で有用に測れるのか
- 表面粗さのどのパラメータが、信頼して測れるのか
実験系は角度分解散乱測定装置で、光源は HeNe レーザ( µm)。rms 粗さ がおよそ 0.02 µm から 1 µm までの複数の表面を測っています。
手順にこう書かれています。「結果は rms 粗さに応じて別の方法で解析され、触針測定の結果と比較された。」
rms 粗さによって解析方法を替える、という点が本質です。1 つの方法で全域が測れるわけではありません。
波長 0.6328 µm の光で測るなら、拾える空間波長には上限と下限が付きます。触針なら針先の半径が下限を決め、走査長が上限を決めます。方法ごとに窓が別なので、同じ表面から別の が出ます。
だから「粗さ 0.3 nm」という数字は、単独では宙に浮きます。どの空間波長の範囲で積分した値かを添えて初めて、別の測定と並べられます。
規格と測定は、別々に定める
1996 年の EUV ミラー面の仕様と試験における標本化誤差の役割に関する報告7が、この構造を 1 文で書いています。
「ミラー品質という明るい硬貨には 2 つの面がある。1 つは仕様——ミラー面の形状と仕上げにおける許容誤差の水準を定めること。もう 1 つは試験——仕様への適合を保証するために、それらの誤差を測定する手続き。」
2 つの面が別だ、というのが要点です。題名が指しているのは、標本化誤差——測定が表面のどこをどう拾うかに起因する誤差が、この 2 つのあいだに入ることです。
前節と合わせると、仕様の書き方が決まります。粗さの許容値を 1 つの数字で書くと、合否は測定方法が決まってから初めて定まります。空間波長の帯ごとに許容値を書けば、帯ごとに適した測定方法が選べます。
この分け方には、組織の側からの裏づけがあります。表面拡散長 より短い波長の凹凸は、吸着原子が動く範囲の中にあるので均されます。 より長い波長の凹凸は、原子が届かないので残り、膜厚とともに育ちます。帯を決めていたのが拡散率だったのと同じ量が、粗さの空間波長にも境目を引いています。
現場で動く判断
- 基板温度は で書きます。室温の は Al で 0.319、W で 0.081。同じ「室温成膜」が 4 倍別の意味を持ちます。
- 境目の値は 0.3 と 0.24 の両方を持ちます。2010 年の実測4は 。W なら必要温度が 836 °C と 614 °C で 222 °C 開きます。重い材料ほど、この 0.06 が乗ります。
- 帯 3 を根拠に使うときは、出どころを確かめます。スパッタの原典は帯 1・ZT・帯 2 の 3 つを観測し、帯 3 の等軸粒は概ね観測されていません。
- 緻密化の目的でレートを下げる前に、目的を切り分けます。200〜18,000 Å/min の 90 倍で低温側の帯はそのままでした。速度が乗ったのは、エピタキシーと凝集という「島が動く時間」の側です。
- 組織を動かしたいなら、温度より拡散率の経路を先に探します。同じ温度でも、基板の種類で粒の形・粒径・方位が著しく別になります。
- 組織の合否は、応力の推移とは別に取ります。圧縮→引張→圧縮という順序は、拡散率の高低にかかわらず出ます。別なのは大きさと時間尺度のほうです。
- 入射角を振る実験では、視野も併せて振ります。スケーリング指数と角度の関係は非単調で、歪度・尖度の有限サイズ効果が角度に依存します。視野を揃えただけの比較では、2 つが混ざります。
- 粗さの仕様は、空間波長の帯ごとに書きます。1 つの数字で書くと、合否は測定方法が決まってから初めて定まります。帯で書けば、帯ごとに適した測定方法が選べます。