プラズマ処理を「表面をやさしく活性化する工程」だと思っていました。床の高さは、やさしく扱うかどうかでは決まりません。
グロー放電は、たしかに冷たい。ガス温度は 200 °C 程度までしか上がらず、電離している粒子は全体の 100 万分の 1 未満です。これだけ冷たく、これだけ薄い気体が、なぜ膜や基板をイオンで叩くのか。その叩く強さを弱める手がなぜ無いのか。
答えは、この「冷たさ」そのものにありました。
プラズマに触れる面はすべて、少なくとも 10 eV 程度のエネルギーでイオンを打ち込まれる。負バイアスをかければいくらでも上げられますが、下げる方法のほうは無い。
電子だけが熱いのは、質量比のせい
自由電子は電場で加速され、ガス分子に当たります。当たったときに何が起きるかは、そのときの電子の運動エネルギーで決まります。低圧 RF 放電の電子エネルギー分布そのものは、プローブで直接測られています1。
| 電子の運動エネルギー | 起きること |
|---|---|
| 2 eV 以下(分子による) | 弾性衝突。エネルギーは並進のまま |
| その上 | 非弾性衝突。標的分子の内部エネルギーへ移る |
| 15 eV 以上(分子による) | 電離。正イオンと新しい自由電子ができ、放電が持続する |
肝は弾性衝突のほうです。電子の質量は分子の 10⁻⁵ 程度なので、1 回の衝突で渡せるエネルギーの割合が極端に小さい。アルゴンとの正面衝突で 5.4 × 10⁻⁵。
ここから 2 つのことが同時に出ます。
- 電子は、何度も弾性衝突しながらエネルギーを溜め続けられる。溜まった一部がやがて電離しきい値に届き、放電を維持する。
- ガスの加熱はわずか。薄膜プロセスに十分なラジカルとイオンを作っているグロー放電でも、ガス温度は 200 °C 程度で頭打ちです。
アーク放電が別物なのはここです。断面が絞られていて電子束が桁違いに大きいので、同じ 5.4 × 10⁻⁵ でもガスが非常に熱くなる。同じ「プラズマ」でも、冷たいかどうかは電子束の密度で決まります。
イオンのほうは、電場の方向に単位距離あたり電子と同じだけ運動エネルギーを得ますが、最初の衝突でその多くを失います。質量が近いので、渡してしまう割合が大きい。結果としてイオンはガス温度に引きずられ、0.1 eV 程度に落ち着きます。
電子「温度」を eV で書くとき、係数 3/2 は落ちている
マクスウェル分布では 1 粒子あたりの平均並進運動エネルギーは です。プラズマの電子分布はマクスウェル型とは別ですが、慣習として温度で語ります。
そのとき、単位は K より eV を使い、しかも を落とします。
つまり eV と書いてあっても、平均運動エネルギーは 3 eV より大きく、4.5 eV です。低周波放電で電子が冷える時間を見積もるときは、きちんと 4.5 eV を使って平均速度を出します。
ここが肝で、この は数 eV から動きにくい。理由も明快で、放電を維持するには電離しきい値 に届く電子がごく一部あればよく、 はガスによらずほぼ同じ。だから は電力・圧力・ガス組成によらずほぼ一定です。
「出力を上げれば電子が熱くなる」という読みは、ここで崩れます。上がるのは密度のほうです。
電離率は 100 万分の 1 未満でも足りる
数字にすると、この放電がどれだけ「薄い」か分かります。13.56 MHz の平行平板アルゴン放電については、プラズマ電位とシース電圧降下の実測が報告されています2。
| 量 | 典型値 |
|---|---|
| 平行平板グロー放電のプラズマ密度 | cm⁻³ |
| 電極を使わずに結合する方式でのプラズマ密度 | cm⁻³ |
| 100 Pa・室温での分子数密度 | mc/cm³ |
| 電離率 |
100 万個の分子のうち電離しているのは 1 個未満。それでも成膜プロセスは回ります。プラズマが持ち込んでいるのは電離した粒子の量より、その粒子が持つエネルギーの質だからです。
解離しきい値は、結合エネルギーの 2 倍以上ある
シランのように断面積と速度定数がまとまっている系は例外的で、そこだけは数値が揃っています3。非弾性衝突で最初に起きるのは励起です。励起された分子はそのあと、電子のエネルギー順に 緩和 → 解離 → 電離 のどれかへ進みます。
緩和は 秒程度でほぼ瞬間に片付き、紫外か可視の光子が出ます。これが放電の「グロー」であり、発光強度を反応種の濃度へ結び付ける手続き4、つまり発光分光(OES)の根拠でもあります。ただし使いどころは限られます。分子とラジカルが混ざるとスペクトルが複雑になり、正体不明の線が多く残る。しかも基底状態にある原子の割合も電子エネルギー分布も未知のままなので、濃度の定量はできません。
緩和が量子力学的に妨げられる場合、原子は準安定状態に何秒も留まります。軽い希ガス 3 種の準安定準位が具体的に挙がっています。
| 準安定種 | エネルギー |
|---|---|
| He\* | 19.8 eV |
| Ne\* | 16.7 eV |
| Ar\* | 11.7 eV |
これが十分に高いと、Penning 反応で弱い分子を解離させたり電離させたりします。電子が直接叩かなくても、準安定原子が代わりに叩く経路がある。
解離のしきい値。ここに驚きがありました。
電子衝突で解離を起こすしきい値 は、分子の結合エネルギー よりずっと高い。理由は Franck–Condon 原理です。電子遷移は原子核の運動よりはるかに短い時間で片付くので、電子衝突による解離は 2 段階になります。結合長を保ったまま、結合性電子を反結合性軌道へ上げる。そのあとで原子核が離れる。
数字が並んでいます。
| 量 | 値 |
|---|---|
| SiH₃–H の結合エネルギー | 376 kJ/mol = 3.9 eV |
| SiH₄ の解離しきい値 | 約 8 eV |
2 倍以上。ここに釘が刺さります。この振る舞いのせいで、 の予測は信頼できません。結合エネルギーの表から「このガスなら何 eV で切れる」と計算すると外します。
解離は 2.5% どまり。それでも律速は別の場所にある
強く結合した分子でも解離します。N≡N は eV もありますが、プラズマ中では有意に解離する。
較正点になる実例が具体的でした。SiH₄ と N₂ から窒化シリコンを積んだ、1990 年の PECVD の測定5です。
| 条件 | 値 |
|---|---|
| ガス | 1.6 sccm の SiH₄ + 45 sccm の N₂ |
| 電力 | 60 W |
| 電極 | 直径 15 cm、間隔 3 cm(0.3 W/cm²) |
| 得られた膜 | 組成 SiN₁.₄H₀.₃ の非晶質窒化シリコン |
この条件で、SiH₄ をすべて成膜で消費するのにちょうど足りるだけの N 原子が作られた、と観測されています。そこから N₂ の 1.1 sccm、つまり 2.5% が解離していたと逆算されます。
逆算はこうです(この記事での計算)。膜組成が SiN₁.₄ なら、SiH₄ 1.6 sccm を全部使い切るのに要る N 原子は sccm 相当。N₂ に直すと半分の 1.12 sccm で、45 sccm に対して 2.5%。観測値と合います。
0.3 W/cm² という穏やかな電力密度で、解離は 2.5% どまり。それでも律速は別の場所にある。結合の強い分子ほど解離率は下がりますが、要るのは全量よりもう一方の反応物と釣り合う量だということです。
プラズマでは、アレニウスプロットの活性化エネルギーは判別だけに使う
電子と分子の反応は、熱反応と同じ形の 2 次の速度式で書けます。
ところが の振る舞いはアレニウス形と別です。活性化エネルギーを供給しているのが熱より電子のエネルギーだからです。
したがって、ガス温度や基板温度に対するアレニウスプロットから取り出した が持つ意味は、ごくわずかです。それでも報告されることは多い。
読み方だけは生きています。 が低ければ(たとえば 0.1 eV)その反応はプラズマ活性化。それよりずっと高ければ、熱活性化が混じっている。判別には使えますが、値としては空です。
が計算できない理由も明確です。 を求めるには、反応ごとの断面積 と電子エネルギー分布 の両方が要ります。
断面積がよく分かっているのはシランなど数例だけ。 のほうはもっと悪くて、電子は電場でエネルギーを得続け、断面積の大きい非弾性衝突のしきい値に達したところで失う。その結果、低エネルギー側はおおむねマクスウェル型で、高エネルギー側が切り落とされた形になります。希ガスのような単純なプラズマ以外では、 の見積もり精度が の計算に要る水準の手前で止まります。
用語だけ添えておくと、電子と分子の衝突が支配的なプラズマを Lorentzian、電離率が高くて電子どうしの衝突が支配的なものを Coulombic と呼びます。前者では がマクスウェル型から離れます。
シースは、電子のほうが速いことの帳尻
ここからが構造の話です。プラズマからシースへ移る領域をなめらかにつなぐ流体モデルは、1990 年に提案されています6。
プラズマは壁へ向かって拡散します。電子のほうが熱速度が桁違いに速いので、拡散の先頭を電子が走る。その結果、プラズマ内部には正味の正電荷が残り、縁に電子の負電荷が集まります。
すると先頭の電子は正イオンの電荷に引き戻され、同時にイオンは先行する負電荷に引かれて加速される。定常状態では両者の拡散速度が等しくなり、これを両極性拡散と呼びます。
拡散の先頭が面に届くと、電子の負電荷の役目を面の負電位が引き継ぎます。役目は同じで、イオンを加速し電子をはね返して、逃げていくイオンと電子の流束を釣り合わせること。電子がはね返された結果、面に接して正の空間電荷の層が立つ。これがシースです。
ここから、グロー放電の一番大事な性質が出てきます。
プラズマ内部の電位は、それを囲むどの面の電位よりも常に正である。
もっと正の電位を持つ面を新たに入れれば、その面へ電子が流れ込み、プラズマ電位がその面よりさらに だけ上がるまで充電されます。ここが交流・RF 励起のふるまいを読み解く土台になります。
電気的に浮いた面、たとえばプラズマ中に吊るした基板も同じです。定常状態で電荷の出入りが釣り合う必要があるので、電子をはね返すだけの負のフローティング電位 を自分で持つ。やはり正の空間電荷のシースに囲まれます。
結論はここです。プラズマに晒された面はすべて、 または の分だけ加速されたイオンを受ける。少なくとも 10 eV 程度。負バイアスをかければもっと高くなりますが、これより低い側は床です。
幸いなことに、10 eV は望ましいイオン衝撃エネルギーの窓の中にあります。表面過程は活性化され、サブサーフェス損傷は避けられる。この床の高さが、プロセスとして使える理由でもあります。
ハイブリッドボンディングの前処理でガス種を変えると接合エネルギーが動く話も、この床の上で起きている出来事です。変えているのはイオン衝撃の有無より、必ず入ってくる 10 eV 級の衝撃に、どの化学種を乗せるかのほうです。プラズマ活性化の選択肢は、この床から上だけです。
シースは、半導体の空乏層と同じ式で始まり、別の指数で伸びる
実測されたプラズマ電位2を厚みへ翻訳します。シースの厚みを決めているのは 2 つの長さです。1 つ目がデバイ長。イオンの電荷が電子に遮蔽されて、電位が に落ちる距離です。
e/cm³、 eV で cm。
この式は、半導体の教科書にそのまま出てきます。物性側では外因性デバイ長と呼ばれ、ドーピング濃度 と熱電圧 で書かれる。同じ形です。
数字にすると差がはっきりします。
| 遮蔽長 | 空間電荷層の幅 | 印加電圧への依存 | |
|---|---|---|---|
| グロー放電( cm⁻³、3 eV) | 129 µm | 1000 V で 約 1 cm | 3/4 乗 |
| Si の階段接合( cm⁻³、300 K) | 41 nm | 内蔵電位で 8 | 1/2 乗 |
遮蔽長の比は 3100 倍。その内訳は 3 つの因子だけです(この記事での計算)。
129 µm / 41 nm = 3.1 × 10³。合います。誘電率で 3.4 倍損して、温度で 10.8 倍・密度で 1000 倍稼いでいる。
面白いのは、同じ式から出発しているのに、電圧をかけたときの広がり方が別になることです。
階段接合では、空乏層の中の電荷密度はドーピングで固定されています。だから で、。内蔵電位を 0.83 V とすれば で、物性側の教科書が書いている 「Si の階段接合の空乏層は約 」と一致します。
無衝突シースは別です。空間電荷の密度は固定されておらず、流れる電流が自分で与える。これが Child–Langmuir 則です。
注入されるイオン電流のほうは、プラズマ側の事情だけで決まります。プレシースで加速される分だけ密度が落ちるので、係数 0.6 が付く。
e/cm³ のアルゴンプラズマ、 eV でイオン音速 cm/s なら mA/cm²。
この 2 式を連立させると指数が出ます(この記事での計算)。、、 を入れて
V、 eV なら 。 cm を 78 倍すると 1.0 cm。「 V、 cm の典型的な陰極シース」という別途の見積もりと一致します。
遮蔽長は同じ式。広がり方は 1/2 乗と 3/4 乗。差の出どころは、空間電荷の主がドーパント原子か、通っている電流かです。ドーピングは固定なので 。プラズマは電圧を上げるとイオンが速く抜けて密度が下がるので、余計に広がる。
圧力を上げると、シースは薄くなる
シースの中で散乱と電離が起きたときに RF インピーダンスがどう動くかは、1979 年に調べられています7。無衝突のシースなら、イオンは最大エネルギーで面に当たります。シース端に入るときの運動エネルギー と、シースを落ちる位置エネルギー の和。
圧力が高いか が高くて が広いと、シースの中で衝突が起きます。効いてくるのは荷電交換です。近くを通るイオンへガス原子から電子が飛び移る。イオンは中性になってそのまま面へ向かい、そこで加速が止まる。残された原子はイオンになって、シース電場で加速される。
核が同じどうしなら断面積が非常に大きくて、Ar⁺ → Ar の 10 eV 帯で約 cm²。
結果として、直感と逆のことが起きます。平均自由行程が より短くなる圧力から、 は減り始める。最後は電子衝突電離が空間電荷を支配する「電離律速」で 。空間電荷密度が上がると電場勾配が急になるので、同じ電圧を短い距離で落とせるからです。
この は測りにくい。プローブを入れれば乱れるし、そもそも 1 mm より小さいことが多い。使える観測法が 1 つだけあります。気相のマクロ粒子が溜まる位置を使う。負に帯電した粒子はシースの阻止電場で止まるので、溜まる面がシースの縁を示します。
実務での使い方
発光分光は 1980 年の時点で「強度を濃度へ換算する手続き」として定式化されています4が、下の 4 点は、その換算とは別の話です。
条件表へ「イオン衝撃なし」という行を書く余地は無い。面がプラズマに触れているなら、最低でも 10 eV 級のイオンが入っています。強弱は、その床の上での差です。
電子温度は出力つまみでは動きません。電力を上げて増えるのは密度です。「もっと活性化したい」を電力で解こうとすると、 より と が動く。
サブサーフェス損傷を心配するとき、シースの衝突に頼って減らすのは筋が悪い。助言は明快です。負バイアスを外して、膜表面のシース電圧降下を最小に保つ。圧力で緩和させるより、そもそも電圧を加えずに済ませるほうがいい。
シースは半導体の空乏層と同じ物理でできています。デバイ長の式は同じで、別なのは空間電荷の主が誰か。プラズマ装置の前で「なぜ 1 mm も離れたところから電場が届くのか」と思ったら、 cm⁻³ という密度が cm⁻³ のドーピングに比べてどれだけ薄いかを並べ直すと腑に落ちます。