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VOL.03 薄膜成膜の物理と化学 第 5 回 / 全 19 回

熱蒸発源:温度 1% の誤差が成膜速度 20% の誤差になる

熱蒸発では、源の温度をわずかに誤るだけで成膜速度が大きく狂い、飛び出す原子のエネルギーは Si の結合エネルギーの 12 分の 1 しかありません。膜厚の分布も源と基板の幾何で決まるので、温度では動かせない部分をどう補うかを考えます。

20 分 標準 式 19 図 3 出典 9

この回の目次(6 節)
  1. §1 つまみは温度。20 倍で乗る
  2. §2 源の設計は、全部が温度の話
  3. §3 そのつまみ自体が、思ったより遅い
  4. §4 つまみで動かせないもの 1:粒子のエネルギー
  5. §5 つまみで動かせないもの 2:到達分布
  6. §6 実務での使い方

この回で示すこと

  1. 蒸気圧の温度感度は約 20 で、温度 1% の誤差が速度 20% の誤差になる。
  2. 源を離れる原子は 2,200 K でも 0.28 eV で、Si-Si 結合の 3.29 eV の 12 分の 1。
  3. 到達分布は で、基板半径が距離の 1/4 なら中心と端で 10% の差が出る。
成膜速度の温度感度 20 倍
2,200 K で源を離れる原子 0.28 eV
500 °C・Sb 5 g の温度時定数 26 s

蒸発装置の前に立っています。触れるつまみは、いくつありますか。

答えは1つです。温度だけ。電流を流すのも、コイルの巻きを口元で密にするのも、輻射シールドを何重にも巻くのも、PID を調整するのも、全部が「温度をどう作るか」の話でした。

このつまみは、恐ろしく利きます。蒸気圧は温度の 20 倍の感度で動く。温度が 1% 上がれば蒸気圧は約 20% 上がり、0.1% でも 2% 動く。

問題は、このつまみで動かせないものが 2 つあることです。飛んでいく粒子の運動エネルギーと、基板に届く流束の空間分布。どちらも温度とは独立です。だからこの記事の後半は、源の外側に別の機械を足す話になります。

図 01
A. つまみは温度。しかも 20 倍で乗る 温度の誤差 蒸気圧・速度の誤差 矢印は同じ長さ = ×20 0.007% 0.13%(1500 K で 0.1 K) 0.1% 2% 1% 20% 0.001 0.01 0.1 1 10 100 横軸は誤差(%、対数)。倍率 20 の正体は無次元量 ΔvH/RT 水が 1 Pa になる 213 K なら 22.9 B. そのつまみ自体が、遅い 坩堝 Tc 熱質量 mT ヒータ Th 入:輻射 出:輻射 τ = mT /(hr A)、hr = 4εσT̄³ 500 °C、A = 4 cm² Sb 5 g(0.23 J/g·K) mT = 1.15 J/K hr = 0.011 J/s·cm²·K τ = 26 s T³ なので、揮発性が高い(低温で焚く)材料ほど応答が遅い 設定温度を変えたら、PID のゲインを取り直す C. つまみで動かせない 2 つ 粒子のエネルギー(対数) 0.03 eV 0.3 eV 3 eV 30 eV 0.038 eV(298 K) 0.28 eV(2,200 K の熱蒸発) 12 倍の隙間 3.29 eV(Si-Si 結合) 9.83 eV(N≡N) 約 30 eV:結晶損傷と打ち込みの始まり 隙間を埋める外付け:超音速ノズルの H₂ 中 Xe = 上限 43 eV (質量比 65)、1 keV クラスタイオン = 10 eV 到達分布(幾何だけで決まる) 源 基板 θ r0 J⊥ = (Q/πr0²)·cos⁴θ 基板半径が r0 の 1/4 → 中心と端で 10% の差 EUV 多層膜が要る 1.4% にするなら 半径 ≦ 0.084 r0 152.4 mm 角のブランクなら r0 ≒ 1.3 m だから自転・プラネタリ・分散源が要る(回転は速度の振動を伴う)
熱蒸発源で操作できるのは温度だけで、それは蒸発速度へ 20 倍の感度で乗ります(蒸気圧の温度感度は ΔvH/RT で、水の 1 Pa 点なら 22.9)。ただし温度そのものの応答は輻射で決まり、500 °C の坩堝に Sb を 5 g 入れた例では時定数 26 s、しかも係数が T の 3 乗なので低温で動く材料ほど遅くなります。温度で動かせないものが 2 つ。粒子のエネルギーは 2,200 K でも 0.28 eV で Si-Si 結合の 12 分の 1、到達分布は cos⁴θ に固定され、基板半径が距離の 1/4 で中心と端に 10% の差が出ます。

つまみは温度。20 倍で乗る

金属元素の蒸気圧は、298 K から 2500 K の範囲で係数 3 つの式にまとめられています1。いちばん単純な源から入ります。より線コイルと、へこみを付けた金属ボート。どちらも高融点金属(W、Ta、Mo)で作り、100 A 程度の電流を流してジュール加熱します。発熱は で、 は源と原料の並列抵抗です。

この2つには最初から欠点があります。電流を取る接点へ熱が逃げるので、温度に勾配が付きます。だから実務的な帰結が1つ立ちます。蒸発速度の制御が重要なら、連続的な流束モニタが要り、望ましくはその出力を源の電流へフィードバックする。

なぜそこまでするのか。理由は数字で出ます。

は蒸発物の温度が 1% 上がるごとに約 20% 増えます。0.1% の上昇なら 2%。

この「20」はどこから来るか

前の記事で引いた式をそのまま微分すると出ます。

両辺を微分して

係数は という無次元量です。材料固有の定数より手前、その材料をどの温度で焚いているかで決まる。

水の蒸発熱 40.6 kJ/mol で、蒸気圧が 1 Pa になる温度は 213 K です。

(この記事での計算。)先に出した「約 20」と合います。

含意が2つ出ます。1つ目。この係数は蒸気圧を下げるほど大きくなる。1 atm の沸点で焚くなら 10 前後ですが、成膜で使う 1 Pa 帯は温度がずっと低いので、同じ が の小さい値で割られて 20 を超える。「1 Pa で使う」という選択そのものが、温度感度を倍にしています。

2つ目。だから多元素を同時に制御するとき、選択肢が2つに絞られる。原料ごとに独立した流束モニタを付けるか、厳密に温度制御された源で望みの流束を再現するか。前者は比較的やっかいで高価なので、後者のほうがよく使われます。

つまみが1本どまりなので、その1本を精密にする方向に装置が進化した。ここから先の設計は全部その帰結です。

源の設計は、全部が温度の話

より線コイルとボートの限界

MBE の分子線源で起きる流出の物理は、1985 年に半導体を対象として記述されています90546-9)。コイルが使えるのは線を濡らす金属に限ります。例外的な作りとして、昇華する Cr については W ロッドに厚く電気めっきした形の源が売られています。

ボートは濡れにくい原料にも使えますが、熱の伝わりが輻射だけになるので、ボートを原料よりずっと熱くする必要があります。

濡れる原料には別の困りごとがあります。溶けた原料がボートの熱い領域から外へ広がってしまう。対策が巧妙でした。ボートの両端に細くくびれた部分を作る。断面が小さいので が上がり、そこだけ発熱が増える。その領域では蒸発速度が広がる速度を上回るので、原料はそこで足止めされます。

金属どうしの相性も乗ってきます。原料がボートやコイルの金属と合金化すると、脆化するか溶ける。適合する金属が無ければセラミックコートのボートかセラミック坩堝を使う。それでも Si のように蒸発温度で強く反応する原料はセラミックすら溶かして溶湯を汚し、やがて崩れます。そういう材料では坩堝の加熱をやめ、溶湯の中心にエネルギーを絞り込む方式(電子ビームなど)へ移ります。

坩堝源:温度のためだけに作られた構造

最良の温度均一性と制御性を与えるのが、MBE の厳しい要求から進化した輻射シールド付き坩堝です。設計の要点が並びます。全部が温度に関する項目です。

設計何のためか
Ta ヒータコイルを、切り欠きを付けたセラミック支持棒で最小限だけ支える支持部への熱の逃げ(ヒートシンク)を減らす
あるいはコイルを金属缶に密封するコイルの高温でセラミックと金属が反応して出る O₂ を封じる
コイルを坩堝の底より下まで伸ばす坩堝底に触れる熱電対が坩堝と同じ加熱環境に入り、同じ温度で安定する
熱電対のリードを細線にし、W-Re などの高融点合金にする熱の逃げを減らす
坩堝の口元でコイルの巻きを密にする口の温度を溶湯より高くする
波形にした Ta 箔を数重に巻く輻射を反射して源の温度均一性を上げ、周辺部品の加熱と脱ガスを減らす。Ta は高融点金属の中で最も延性がある。波形は層どうしの熱接触を減らす
上部にシールド円板さらに輻射を遮り、脱ガス成分が基板方向へ飛ぶのを塞ぐ

断面に置き直すと、この表が 1 枚の絵になります。

図 02
A. 坩堝源の断面。設計項目は 7 つとも「温度の作り方」 溶湯 シールド円板:輻射を遮り、脱ガス成分を塞ぐ 口元でコイルの巻きを密にし、口を溶湯より熱くする 口が冷たいと蒸気が凝縮し、落ちた液滴がマクロ粒子を弾く 濡れる原料の這い出しも、同じ温度勾配で止まる 波形の Ta 箔を数重に巻く:断熱材より鏡に近い 波形は層どうしの熱接触を減らす。Ta は最も延性がある コイルを坩堝の底より下まで伸ばす 底の熱電対が坩堝と同じ加熱環境に入り、同じ温度で安定 熱電対のリードは細線・W-Re の高融点合金 ヒータは切り欠き付きセラミック棒で最小限だけ支える 金属缶に密封すれば、セラミックと金属から抜ける O₂ を封じる B. 普通に作ると口がいちばん冷たい。そこを逆転させている 普通:口が最も冷たい 口 底 凝縮 → 液滴 この設計:口が最も熱い 口 底 凝縮ゼロ 横軸が温度、縦軸が坩堝の高さ。勾配の向きだけが逆 この 1 行が、性質の別な不良を 2 つ消す スピッティング:口で凝縮した液滴が溶湯へ落ち、 マクロ粒子が弾き飛ばされて膜の欠陥になる 這い出し:坩堝を濡らす原料が口から外へ広がる ボートの両端にくびれを作るのと同じ対処 真空では、熱の設計が光学の設計に近づく
表の 7 項目を断面へ置き直すと、どれも熱の出入りの設計です。とくに口元でコイルの巻きを密にする 1 行は、普通に作れば最も冷たくなる口を最も熱い場所へ逆転させ、スピッティングと這い出しという性質の別な不良を同時に消しています。
「口元だけ熱くする」という一手が、何を消しているか

坩堝の口をわざと溶湯より熱くする。この1行は、性質の別な不良を2つまとめて消しています。

1つ目は「スピッティング」。口が冷たいと、そこで蒸気が凝縮して液滴になります。その液滴が溶湯へ落ちると、マクロ粒子が弾き飛ばされる。飛んだ粒子は膜の中で欠陥になります。膜厚が数十 nm の層で、直径 µm 級の粒子が1つ載れば、その場所は確実に死にます。

2つ目は「這い出し」。坩堝を濡らす原料は、そのままだと口から外へ広がっていく。ボートのくびれと同じ問題で、同じく温度で止めています。

どちらも「温度勾配の向きを逆にする」だけで解いている。普通に作れば口がいちばん冷たくなります(開口部から輻射が逃げるので)。そこをわざわざ逆転させる。

輻射シールドも同じ発想です。シールドの正体は断熱材より鏡です。波形にしてあるのは層どうしの接触を断って伝導の経路を切るためで、輻射だけの世界では「接触を断つ」が断熱そのものになる。真空の中では、熱の設計は光学の設計に近づきます。

最後に、この坩堝は Knudsen セルへ改造が利きます。ぴったり合う蓋を付け、薄い縁の(理想)オリフィスを で動かす。ただし釘を刺す一行が付きます。MBE で使われる坩堝源はしばしば Knudsen セルと呼ばれますが、たいていは の手前にいます。さらに飽和蒸気圧で動かしたいなら、流出量が蒸発量よりずっと小さいという条件も要る。

名前が付いた段階では、まだ天井の手前です。

そのつまみ自体が、思ったより遅い

温度制御そのものの話です。シャッターを開け閉めしたときに出る流束の過渡は、MBE で実測と対策が報告されています2。

いちばん単純なのは on-off 制御(家のサーモスタット)ですが、薄膜には不十分で、PID が使われます。3つのモードの役割が明確に書かれています。

モード何をするか
比例(P)設定値との差 に対し、 の割合で出力する。 が比例帯で、ゲインの逆数。on-off 制御は、ゲイン無限大の比例制御
積分(I、reset)比例だけだと、出力を保つために有限のオフセット が残る。 に比例した信号を足して、これを消す
微分(D、rate)立ち上がりの行き過ぎを、 に比例した信号で抑える

応答の速さは、輻射で決まる

設定値をステップで変えたときの応答速度は、熱の時定数で決まります。真空中の輻射だけで熱が出入りする場合について、これを導いておきます。

面積 、温度 の円筒坩堝を、温度 の円筒ヒータが完全に囲んでいるとします。坩堝は灰色体( と が波長から独立、したがって Kirchhoff から )、ヒータは とします。連続の式は「入 − 出 = 蓄積」なので

は坩堝と原料の(比熱 × 質量)の和です。ここで を に置き換え、左辺の 4 乗差を因数分解します。 で、 を使えば 。

4 乗の式が、 について線形の式になりました。 は、気体の熱伝導の係数と同じ単位を持ちます。

この は、真空引きの時定数、合金組成の緩和の時定数とまったく同じ形をしています。電気のたとえなら、どれも容量を conductance で割った RC 時定数です。

数値例を通す

具体例をそのまま追います。500 °C の坩堝、面積 cm²、中身は Sb が 5 g(比熱 0.23 J/g·K)。坩堝の質量は無視。

、 K として

26 秒。成膜を止めて待つには、けっこう長い。

が2つのことを言っています。

1つ目。揮発性の高い原料ほど、温度制御の応答が遅い。揮発性が高ければ低い で焚くので、 が小さくなる。「速く応答してほしい材料」と「速く応答する材料」は逆でした。

2つ目。 を大きく変えたら、コントローラを調整し直す必要がある。制御ループのゲインは に合わせるものだからです。

さらに、ヒータ出力を上げた先も同じです。加熱を速くしても、冷却の速さは で決まってしまう。指針は具体的です。全開のヒータ出力は、目的の の近くで加熱率が冷却率と等しくなるように設定するのがよい。それより高くしてもよいが、行き過ぎを抑えるのに微分制御が要る。

調整の手順も書かれています。reset と rate を切り、設定値をステップで変えて、振動が始まる直前まで比例帯を絞る。次に reset を振動直前まで足す。最後に、応答が鈍る手前まで rate を足して行き過ぎを潰す。ゲインが過大ならどのモードでも は角周波数 で振動し、比例ゲインが小さすぎれば漂って応答が鈍る。

これで熱電対の温度は 0.1 °C の安定度が得られます。

0.1 °C は、蒸気圧では何 % か。そして安定度と正確さは別

つまみの感度(20 倍)と、つまみの精度(0.1 °C)が揃ったので、掛け算します。1,500 K の源なら

(この記事での計算。)0.13%。蒸発速度の安定度としては十分です。多層膜でも、後で出てくるように 1% 台の要求ですから桁が足りている。

ところが、この 0.1 °C にはすぐ2つの但し書きが付きます。

1つ目。この安定度が当てはまるのは定常状態に限ります。熱の流れを乱すもの、たとえば坩堝の上のシャッターを開けて輻射損失が増えた瞬間、再平衡までの過渡が出ます。シャッターは「流束を切るスイッチ」のつもりで付けますが、温度制御の側から見れば外乱です。

2つ目、そしてこちらのほうが重い。0.1 °C が指すのは熱電対の温度の安定度で、溶湯の温度の正確さとは別物です。昇華する原料は明示的な例外です。坩堝と原料が熱的によく結合しているという仮定は溶湯には当てはまりますが、昇華する原料の温度は坩堝からかなり遅れます。

つまり、20 倍の感度を持つのは溶湯の温度で、0.1 °C に収まるのは熱電対です。両者が一致している保証は、熱結合の良さだけが握っている。

これは実装工程で何度も出てくる形です。指示値と実現値のあいだに、装置の熱が挟まっている。蒸発源では、その挟まりの時定数が 26 秒でした。

多層膜への対処も具体的です。層ごとに温度を変える方式は、この時定数のぶん待たされる。シャッターを閉じて待てばよさそうですが、そのあいだに背景の汚染物が基板表面に溜まる。そこで実際には、同じ原料の源を、各層で欲しい流束の温度でそれぞれ焚いておき、シャッターを同期させて切り替える。MBE の量子井戸構造のように1分子層の中で流束を切り替える用途では、この方式が使われます。

時定数は縮まらないので、源のほうを増やして待ち時間をゼロにした。つまみが遅いことへの答えが「つまみを増やす」だったわけです。

つまみで動かせないもの 1:粒子のエネルギー

ここから、温度では動かせない領域に入ります。重い分子を軽いキャリアガスへ混ぜて超音速ノズルから飛ばす手法は、1980 年に冷却の側から詳しく調べられています80077-2)。

膜の成長を良くするには、堆積する粒子が基板表面で動き回れるだけのエネルギーが要ります。熱蒸発の側は、そこから桁で下にいます。

エネルギーの水準を一覧にします。

何のエネルギーかeVkJ/mol
気体分子の平均並進エネルギー(298 K)0.0383.71
同(2,200 K)0.2827.4
H₂ 中の Xe、2,200 K(超音速ノズル、完全膨張の上限)434,200
100 分子のクラスタイオンを 1 keV で加速10965
Si-Si 結合3.29318
N≡N 結合9.83949

2,200 K まで焚いても 0.28 eV。Si-Si 結合の 3.29 eV とは 12 倍の開きです。

(この記事での計算。)結論は簡潔です。熱蒸発では、蒸発物のエネルギー含量が典型的な化学結合強度よりずっと小さく、膜成長への寄与はわずかです。

この差は、温度を上げても残ります。12 倍にするには 26,000 K が要ります。だからエネルギーは、源の外で足す形になる。

なお上限もあります。エネルギー的凝縮とは、運動エネルギーが熱を十分上回りつつ、結晶損傷と打ち込みが始まる約 30 eV より下にある成膜のこと。埋めるべきは 0.28 eV から数 eV〜30 eV の窓で、上限のある話です。

超音速ノズル:熱運動を、まっすぐな運動に変える

最初の手が超音速ノズルです。分子流()では流出量は上流圧 に比例しますが、流体流()では に比例します。2つ目の が出るのは、オリフィスを通る流速が圧力差とともに増えるからです。

分子の目に立つと、オリフィス付近の分子は高圧側から叩かれる回数のほうが低圧側からより多いので、加速される。ランダムな熱運動が、下流向きの指向性のある運動エネルギーに変わっていく。

加速の限界は、のどで流速が音速 に達したところ(チョーク流)。ただし、のどの下流ではさらに超音速まで加速が続きます。そのために円錐ノズルを付ける。ロケットエンジンと同じ理屈です。円錐の角度は、摩擦を減らすためできるだけ大きく、しかし層流の層が壁へ張り付いたままでいる範囲に収めます。剥離すると壁際の渦で運動エネルギーがまたランダムに戻ってしまう。

典型条件が挙がっています。上流圧 3 atm、オリフィス径 0.3 mm、円錐の開き角 15°。

ここで大事な性質が2つ。

1つ目は冷却。流速が高いのでオリフィス壁から受け取る熱はわずか(断熱)。円錐角が最適なら摩擦損失もゼロで足ります(等エントロピー)。結果として蒸気が強く冷え、クラスタができやすくなります。

2つ目がシード効果です。流体流では、混合気体のすべての成分が同じ流速 まで加速されます。ところが運動エネルギーは 。

だから、重い蒸気を軽いキャリアガスに少量混ぜると、重い側のエネルギーが質量比のぶんだけ跳ね上がる。H₂ 中の Xe なら質量比は 65(131.3 ÷ 2.02)。

上限を計算します(この記事での計算)。よどみ点 2,200 K の H₂ が等エントロピーで完全膨張したときの終端速度は で

この速度まで引きずられた Xe 1 個(131.3 u)の運動エネルギーは

0.28 eV が、上限で 43 eV になります。実際には重い側が軽い側に追いつく手前で止まる速度スリップがあるのでこれより下ですが、2 桁の話です。化学結合エネルギーは通り越しています。

通り越しすぎる点に注意が要ります。43 eV は、損傷と打ち込みが始まる約 30 eV の上です。シードは「上げる」操作より「窓に入れる」操作で、上流圧と希釈率で絞って使います。

代償は大量のキャリアガスで、これを排気する設備が要ります。排気の大半はノズルとスキマーのあいだで行われます。スキマーは成膜室を高圧領域から隔離すると同時に、キャリアガスを超音速流から外へ弾いて衝突損失を減らす役目も持ちます。

ここまでを 1 枚にします。

図 03
A. 熱運動を、まっすぐな運動に変える 上流 3 atm のど 排気 スキマー 基板へ ランダムな熱運動 まっすぐな運動へ オリフィスの前後で、何が動くか 分子流(Kn > 1):流出量は上流圧 p に比例 流体流(Kn ≪ 1):p の 2 乗に比例する のどで音速 c* に達する(チョーク流) 加速を続けるには下流に円錐が要る。開き角 15° 上流圧 3 atm、オリフィス径 0.3 mm 断熱・等エントロピーで冷え、クラスタができやすい スキマーが成膜室を高圧側から隔て、衝突損失を減らす B. 同じ流速まで加速されるので、重い側だけが得をする 同じ流速 u まで加速される H₂(軽い) Xe(重い) 運動エネルギーは m u² に比例する 同じ u でも、質量が 66 倍なら エネルギーも 66 倍になる 熱蒸発(2,200 K) 0.28 eV H₂ 中の Xe(質量比 65) 上限 43 eV 2 桁 Si-Si 結合の 3.29 eV を越え、打ち込みが始まる約 30 eV より下という窓に入る
ノズルがやっているのは温度を上げることより、もともとあった熱運動の向きを揃えることです。だから同じ流速まで加速される混合気体では、重い成分ほど得をします。H₂ 中の Xe は質量比 65 で、完全膨張なら 43 eV に届く計算になり、2,200 K の熱蒸発の 0.28 eV に対して 2 桁。Si-Si 結合の 3.29 eV を越え、損傷の始まる約 30 eV も越えるので、絞って窓に入れる操作になります。

実例も1つ。He 中の Ge₂H₆ の超音速ノズルビームで、GaAs 上に単結晶 Ge を 50 nm/s で堆積した報告があり、熱的な流出より格段に速い。速度の増加は、高い分子運動エネルギーが成長面で Ge₂H₆ の解離を活性化したためとされています。

イオン化と加速、そしてクラスタイオンの未完の提案

もう1つの手は電離です。坩堝から蒸発する分子を、フィラメントからの電子衝撃で電離し(イオンゲージと同じ仕掛け)、源と基板のあいだのバイアスで加速する。

限界も明確です。電離率が低いのでイオン流束が小さく、主に少数成分(ドーパント)の膜への取り込みを促すのに使われる。大きなイオン流束が要るなら、電子ビームやカソーディックアーク、あるいは輸送空間にグロー放電プラズマを入れる方向へ行くことになります。

もう1つ、丁寧に追う価値があるのがクラスタイオンの提案です。

京都大学の高木氏が 1970 年代に出した案でした。十分な衝突と冷却があれば、オリフィスから出た蒸気は数十〜数百原子のクラスタに凝縮する。そのクラスタが膜表面に衝突すると崩壊し、垂直方向の運動エネルギーが表面に沿った横方向のエネルギーへ移り、散らばった分子に配分されるのか。

数字で言えば、100 分子のクラスタを 1 keV に加速すれば、10 eV の分子が表面を滑ることになる。これはまさに、膜の堆積挙動を変えたい方向とレベルの両方に合致しています。

しかし結論は否定的でした。

  • クラスタからのこのエネルギー移行は、実証の手前にとどまる
  • クラスタの生成も検証も容易でなく、この提案から出た研究の大半は、クラスタ質量が特定されておらず、ノズル内の衝突頻度も実質的なクラスタ形成には低すぎた
  • 膜が改善したという報告は多いが、おそらく単分子の蒸気イオンによる衝撃と、それに伴う中性熱分子の大きな流束によるもの

クラスタ形成の条件そのものは出そろっています。蒸気どうしの衝突が十分にあることと、凝縮熱の逃がし先(冷たい第三体)があること。逃がし先はオリフィス壁(不均一核生成)か、蒸気やキャリアガスの他の分子(均一核生成)。イオン化クラスタビームで Zn 膜を作った研究3のように、最適化した超音速ノズルなら大きなクラスタが得られた例があります。ガス凝縮法(不活性キャリアガス中で冷却管に通す)はポンプの負荷を減らせますが、壁へのクラスタ損失が大きいと予想される。

結論は「魅力的だが未検証」。ただし締めは前向きです。クラスタ生成技術が進んだ今なら、より厳密に研究できる。

つまみで動かせないもの 2:到達分布

最後が輸送です。ここでは温度は完全に無関係になります。MBE 源から出る分子線の空間分布は、Monte Carlo 計算4、セルの向きを変えた実測5、成長一様性の系統的な調査90949-6)の 3 方向から詰められてきました。

前提を先に出します。背景圧が十分低く、源から基板までの距離 に対して なら、蒸発分子は途中で背景ガスとぶつからず、視線に沿って直進します。すると基板上の到達速度の一様性は、幾何だけで決まる。

コサイン則は、投影面積から出る

半径 の球面上で、垂直から角度 の位置に届く流束 を考えます。 から源を眺めたときの投影面積に比例する、というのが出発点です。

球状の源(コイル源の近似)では投影面積が から独立なので

は全蒸発量(mc/s)です。

円板状の源(ボート、Knudsen セルのオリフィス、原料で満たした坩堝がここに入ります)では、投影面積が円 → 楕円 → 線と変わっていくので

これがコサイン分布です。、、 が常に直角三角形をなすので、 のベクトルの先端は に対して円を描きます。

の値は質量保存から出ます。 が通るのは、半径 、円周 、幅 の輪です。半球で積分すれば全蒸発量に等しくなります。

半球平均は 、すなわち の 1/2 です。この積分は、気体分子運動論で を出したときの積分と同じものです。

平らな基板で、cos が 4 乗になる

平らな基板の上では、コサイン則に2つの減衰が追加されます。

1つ目。基板上の点は、球面上の点より遠い。 です。流束は距離の 2 乗に反比例するので、 が掛かる。

2つ目。成膜速度を与えるのは基板面に垂直な成分。これでもう 1 つ が掛かる。

全部まとめて

具体例を1つ。基板半径が源からの距離 の 1/4 のとき、中心から端へ が 10% 落ちる。

検算します(この記事での計算)。 なら 、。11% 減。上の「10%」と合います。

まとめが冷徹です。近距離での不均一性と、遠距離での原料の無駄とのあいだには、常にトレードオフがあります。

分布が崩れる場合もあります。コリメートされた源(途中まで満たした坩堝や、直径に対して長さのあるオリフィス)では、縁の影で投影面積が とともに急に減るので、「ローブ」型になります。壁で散乱した分子が一部戻ってくるのがローブの原因で、もし全部が鏡面反射するならコサイン分布は保たれる(反射で が変わらないから)はずでした。実際にはランダムに散乱するので、そこからずれます。円錐形の坩堝にすればローブは広がります。

円板状の源でも、電子ビームやレーザ光で 1 点だけを加熱すればローブになります。超音速ノズルは鋭いローブを作る。ここは言い切れます。大型基板での成膜一様性は、ローブ型の流束分布では大きな問題になります。

cos⁴θ に EUV 多層膜を通すと、源までの距離が 1.3 m になる

「10% 落ち」がどれくらい厳しいのかは、要求のある膜を1つ当てはめると分かります。EUV 露光機の反射鏡とマスクブランクに使われる Mo/Si 多層膜が、この種の膜のいちばん厳しい端にいます。

EUV 側の数字を当てはめます。近垂直入射用の Mo/Si 多層膜は、Mo が約 3 nm、Si が約 4 nm。つまり 1 対の周期は約 7 nm。反射率は 約 40 対で飽和するので、露光機の照明系・投影光学系、マスクブランク、集光鏡は 40 対で作られてきました(40 対で 74.5%、60 対で 75.3%)。

周期のずれに対する感度は、演習問題の形で示されています。膜対の厚さが 1 Å 動くと、ピーク波長が 0.2 nm 動く。

確かめます(この記事での計算)。Bragg 条件では なので

合います。1 Å は、7 nm 周期の 1.4% です。

ここへ cos⁴ 則を入れます。膜厚の不均一を 1.4% 以内に収めたいなら

基板半径に許されるのは、源からの距離の 8.4% までです。

マスクブランクは 152.4 mm 角なので、対角の半分は 107.8 mm。

静止した単一の円板源では、1.3 m 離す必要がある。

これが「回転が必須である」ことの数量的な意味です。対策は 4 つ。自転する基板とオフアクシスの単一源、2 軸で回るプラネタリ治具、同じ材料の分散源、ライン状に並べた源の前を基板が直交して通過する方式(スパッタで長い矩形ターゲットを使う場合は 2% 以内)。ウェブコーティング(磁気テープ、食品包装フィルムの Al や SiO₂ バリア、Mylar への電極)も、この最後の形です。

ただし回転には代償があります。回転する基板は、常に振動的な成膜速度を伴う。共蒸着では各材料の振動の位相がばらけます。40 対の多層膜のように、1 層 3〜4 nm を積み重ねる工程で、この振動がどう積分されるかは自明ではありません。

実装側にも同じ問題が別の顔で出ています。パッケージの薄膜配線層に載る薄膜抵抗体は、数十から数百 Å の厚さで作ります。この薄さでは、膜厚のばらつきがそのままシート抵抗のばらつきになる。cos⁴ の 10% は、抵抗値の 10% です。

多層膜も薄膜抵抗も、要求しているのは同じ「幾何」でした。

回転と分散化のさらに先も書かれています。大面積の硬い基板では、ウェブと同じように基板を分散源の前を通過させる。スループットのために出入口へロードロックを付ける。移動方向に沿って別材料の源を並べれば、多層コーティングになる。これで数 m² の基板に一様な膜が付けられ、窓ガラスの熱制御コーティングがその例です。

なお、 は Knudsen 式を使って「ビーム等価圧力」で表されることもある、と補足があります。

回転しているウェーハでどこに不良が出るかは、原因を教えます。半径方向だけにばらつく量と、ダイの中で端ほど大きくなる量は、別の工程から来る。cos⁴θ は中心対称なので、非対称な膜厚分布が出たら、原因は幾何以外にあります。

実務での使い方

EUV 用の Mo/Si 多層膜鏡は報告されています6。そこから 40 年、周期のそろえ方を決めているのは、いまも幾何です。

蒸発源の仕様書では、温度に関する項目とそれ以外を分けてください。温度に関する項目は全部つながっていて、1つ動かすと他が動きます。それ以外の項目(エネルギー、分布)は、温度をどう作っても変わりません。

「温度安定度 ±0.1 °C」は、速度安定度 0.13% を意味します(1,500 K 級の源で)。ただしそれは熱電対の値で、昇華する原料では溶湯の温度から離れます。昇華材料を使うなら、この仕様の解釈を変えてください。

時定数 26 秒は、設計で縮められます。 なので、熱質量を減らすか、面積を増やす。原料を大量に仕込むと、その日の応答が遅くなる。

エネルギー不足に突き当たったら、源を熱くするより、系を変える判断です。0.28 eV と 3.29 eV の 12 倍に対して、温度の側の手は尽きています。超音速ノズルのシード(質量比のぶん跳ね上がる)、イオン化と加速、あるいは電子ビーム・スパッタへの移行。30 eV を上限として守ること。完全膨張のシードは 43 eV まで行くので、絞る側の設計が要ります。

均一性は、距離と回転で買います。基板半径が距離の 1/4 で 10%、8.4% で 1.4%。予算が足りなければ、分布の広い源を選ぶ(コリメート坩堝、電子ビームの 1 点加熱、超音速ノズルはいずれもローブです)。

ここまでに出てきた装置はどれも「手の届く量へ振り替える」形をしています。未知の蒸発係数を Knudsen セルの幾何に、温度勾配の向きをコイルの巻きピッチに、粒子のエネルギーを質量比に、到達分布を回転の軌道に。熱蒸発が今も現役なのは、つまみが 1 本どまりだと設計者が受け入れて、残りを外側で解いたからです。

エネルギーを外から足すもう1つの系統がプラズマです。超音速ノズルが 0.28 eV を 2 桁上へ押し上げるのに大掛かりな排気系を要したのに対し、グロー放電に晒された面には 10 eV 級のイオンが最初から入ります。蒸発源が苦労して足していたものが、別の系統では下限として勝手に付いてくる。

出典

  1. 1 C. B. Alcock・V. P. Itkin・M. K. Horrigan, Vapour Pressure Equations for the Metallic Elements: 298–2500K (1984) doi:10.1179/cmq.1984.23.3.309
  2. 2 S. Gozu ほか, Effects of shutter transients in molecular beam epitaxy (2012) doi:10.1186/1556-276X-7-620
  3. 3 D. R. Urban ほか, Study of zinc thin films formed using large clusters in the ionized cluster beam deposition technique (1993) doi:10.1116/1.586522
  4. 4 B. J. Adamson ほか, Monte Carlo calculations of the beam flux distribution from molecular-beam epitaxy sources (1989) doi:10.1116/1.584772
  5. 5 K. Shiralagi ほか, Effusion cell orientation dependence of molecular beam epitaxy flux uniformity (1991) doi:10.1116/1.577132
  6. 6 T. W. Barbee・S. Mrowka・M. C. Hettrick, Molybdenum-silicon multilayer mirrors for the extreme ultraviolet (1985) doi:10.1364/AO.24.000883
  7. 7 Physical problems concerning effusion processes of semiconductors in molecular beam epitaxy (1985) doi:10.1016/0042-207X(85)90546-9
  8. 8 A. Amirav・U. Even・J. Jortner, Cooling of large and heavy molecules in seeded supersonic beams (1980) doi:10.1016/0301-0104(80)80077-2
  9. 9 Z. R. Wasilewski ほか, Growth uniformity studies in molecular beam epitaxy (1991) doi:10.1016/0022-0248(91)90949-6