「エネルギービーム蒸着」という言葉から、ビームが原子を弾き飛ばしている絵を想像していました。違いました。
電子ビーム、陰極アーク、陽極アーク、パルスレーザー。この 4 つはどれも、蒸発の機構が「熱」です。狭いビームが当たった点だけが猛烈に加熱され、そこから普通に蒸発する。エネルギーの入れ方が非熱的なだけで、出口は熱蒸発と同じです。運動量の直接移行で叩き出しているのはスパッタだけ。
だから表面を離れる中性原子は、どの方式でも 0.2 eV 程度にとどまります。
ところが膜に着くときには、陰極アークのイオンで 50 eV、パルスレーザーの前方成分で 40 eV になっている。では、その 200 倍はどこで付いたのか。
固体の外側です。蒸気が固体を離れてから、ビームやプラズマと相互作用しているあいだに付いています。
もう 1 つ。その加速を可能にしている高いパワー密度が、そのまま 0.1〜1 µm の飛沫を叩き出しています。同じつまみの表と裏なので、片方だけを選ぶ道は塞がっています。
電子を自由にする道は 4 本ある。使うのは 1 本
すべての出発点は、電子をどこから調達するかです。電子を放つ側を陰極、受ける側を陽極と呼びます。
出口は 4 つ。熱で押し上げる(熱電子放出)、電界で引き抜く(電界放出)、光子で弾く(光電子放出)、粒子の衝突で弾き飛ばす(二次電子放出)。どれも越える壁は同じ仕事関数 です。
熱電子放出は Richardson–Dushman の式で書けます。
ここに気持ちのいい対応が付きます。この式は化学反応速度の Arrhenius 式と同じ形をしている。どちらも「分布の指数関数的な裾から、壁を越えられるものが出てくる」という同じ話だからです。
定数 の理論値は 120 A/cm²·K²。ただし も も、表面の組成と凹凸に従って動く。たとえば自然酸化膜が育つと金属の は下がる。フィラメントに W が使われるのは、どの元素より高温まで固体のままでいられるからです(W と反応する O₂ などの雰囲気では、もっと不活性な金属を使う)。
真空の熱電子放出と、ショットキー接触の電流は同じ式だった
この 120 A/cm²·K² という数字に見覚えがありました。半導体デバイス物理の側に、まったく同じ値があります。
金属–半導体接触の熱電子放出理論で、電流密度は
と書かれ、実効 Richardson 定数が
で与えられます。自由電子()のとき A/cm²·K²。
同じ定数です。越える壁が真空準位(仕事関数)かショットキー障壁かの違いだけで、式も定数も同一。真空管の陰極と、金属–半導体接触は、同じ物理を見ています。
ここからが突き合わせて分かることです。成膜側は、 が理論値からずれる理由を「表面の組成と凹凸」に帰します。半導体デバイス側は別の理由を挙げます。光学フォノン散乱と量子力学的な反射を入れると、 はさらに実効値 へ下がる。ショットキー障壁ダイオードでこの実効 Richardson 定数だけを主題にした論文が 1965 年に出ています90116-4)。
つまり測った が 120 より小さいとき、原因は 2 系統ある。表面が汚れているのか、それとも障壁の上まで来た電子が波として跳ね返されているのか。前者は掃除で直りますが、後者は表面をどれだけ整えても残ります。
温度を上げても、電流はある値で頭打ちになる
放出された電子をそのままにすると、表面の前に溜まって負の空間電荷を作ります。これが印加電界を遮蔽して電流を制限する。
Child–Langmuir の法則は、Maxwell 方程式(Gauss の法則の微分形)、電流密度の式、エネルギー保存の 3 本から導けます。空間電荷が溜まって陰極表面で電界がゼロになる条件を端で課すと、
の単位が、 の面積の単位を与えます。係数を丸暗記するより、この但し書きのほうが実務では大事です。
振る舞いはこうなります。陽極電圧を一定にして陰極温度を上げていくと、電流はまず Richardson–Dushman に従って指数関数的に増え、空間電荷が溜まった時点で急に平らになる。温度を上げても、そこで頭打ちです。
この現象は陰極からの電子放出だけでなく、グロー放電プラズマからのイオン引き出しでも同じに起きます。
電界放出は、使う相手より避ける相手
電界放出だけは性格が別です。陰極側へのエネルギー入力ゼロで動きます。表面の電界を強くして障壁を薄くし、電子が波動関数の裾で外を感じてトンネルする。Fowler と Nordheim が 1928 年に定式化した式1で記述されます。
強い電界を作るには尖った角や突起が要ります。同種の電荷は反発し合うので、電子は先端に集まる。導体内部では電界がゼロなので、先端外側の局所電界は先端半径 に対して で増えます。
結論が実務的です。Fowler–Nordheim の指数のせいで電界放出電流は制御が難しい。だから、丸めた角の滑らかな陰極を使って避けるのがよい。高電圧機器はすべてそうしている。
うまく制御された成膜プロセスで電界放出が主要な電子源になるのは、アーク蒸発だけです。
二次電子放出は、酸化させると増える
粒子の衝突で電子が出る収率 は、0.1 から 3 くらいまで大きく変わります。粒子の種類とエネルギー、表面の状態、 で決まる。金属を酸化させると はかなり増えます。
成膜ではイオン衝撃による放出が主です。機構は速度で切り替わり、境目は 10⁵ m/s 程度。Ar⁺ の質量で換算すると 2.1 keV で、これは成膜で普通に出会うイオンエネルギーより高い。つまり実務ではほぼ常に低エネルギー側です。
低エネルギー側の「ポテンシャル放出」は、イオンが当たる直前に起きます。イオンのまわりの強い電界で電子が表面からトンネルしてイオンを中和し、その電子がイオンのポテンシャル井戸へ落ちるときに放出されるエネルギーが、Auger 過程で二次電子を弾き飛ばす。
この機構なら、収率はイオンの運動エネルギーからほぼ独立のはずです。実際そうなっています。代わりに効くのは親原子の電離しきい値 、つまり井戸の深さのほう。典型例として Ar⁺ が Mo に当たるとき 。
気相の電離と、破壊電圧の底
陰極から出た電子は、電界で加速されながらガスに衝突します。電離しきい値を超えていれば電離が起き、生まれた電子もまた加速されてなだれになる。これが絶縁破壊の機構です。
しきい値には規則性があります。金属元素の蒸気は が 6〜8 eV、それ以外の蒸気は 10〜20 eV。電子衝撃による は、光子や他のイオンによる値と非常に近い。
電離断面積は 100 eV 付近で最大になり、その値は 約 4×10⁻¹⁶ cm²、小さな分子の分子断面積とほぼ同じです。それより高いエネルギーでは衝突時間が短くなりすぎて断面積が落ちます。
破壊しやすさには谷があります。電極間隔 3 cm なら、約 30 Pa で最も破壊しやすい。低圧すぎると電子が無衝突のまま陽極へ着いてしまい、高圧すぎると「電離しきい値より弱い衝突」が多すぎて消光する。衝突間に稼げるエネルギーは で、圧力が上がると平均自由行程が縮むぶん減る。電極間隔 が広がっても が下がるぶん減る。両側から挟まれて、 の中間に極小ができる。これが 1889 年に Paschen が空気・水素・二酸化炭素で測った曲線2です。
なお、磁場と rf の工夫で自持放電できる最低圧力は 30 分の 1 程度まで下げられます。
電子ビーム:10 kW を 5 mm に集めても、出てくる原子は 0.2 eV
具体的な数字があります。1 A の放出電流を 10 kV で加速すれば、衝突点に 10 kW が入る。
フィラメントは蒸気の視線から外した位置に据え、電子ビームを磁場で回り込ませます。到来する蒸発物でフィラメントが溶けるのを避けるためです。曲がり方は Lorentz 力で決まり、遠心力とのつり合いからサイクロトロン半径が出ます。
10 kV で加速された電子の速度は m/s、磁束密度 Wb/m²(100 ガウス)なら cm。装置の中に収まる寸法です。
ビームは走査(ラスタ)します。走査を切ると、蒸気の角度分布が (〜4)の細長いローブになる。理想的な熱蒸発の余弦則()より絞られている。
理由が面白い。急速な蒸発で表面にできた「へこみ」が、コリメータとして働く。しかも溶融金属でも起きます。蒸発が速すぎて、溶湯がへこみを埋め直す速さのほうが遅いからです。
走査しても、蒸発速度と束の分布はジュール加熱るつぼよりずっと大きく変動します。速度制御が要るなら、蒸気束をモニタしてフィラメント電力へフィードバックする必要があります。
熱蒸発なのに、非熱的なものが 2 つ膜へ届く
蒸発機構は熱なので、蒸気原子は 0.2 eV 程度にとどまります。それでも 2 種類の非熱的なものが膜へ届きます。
1 つめは X 線。電子ビームが原料に当たっているのだから、これは X 線管そのものです。10 keV の電子が作る X 線は軟らかく、真空槽の壁や窓でほぼ止まるので作業者への危険は小さい。ところが製品には危険です。
- 電子デバイス用の誘電体に、電荷トラップ欠陥や埋め込み電荷ができる
- これは後からアニールで消える保証が無い
- 成膜する膜の下にある誘電体も損傷を受けうる
「蒸発源で起きていること」が、下地の誘電体まで届いている。ビームの外にある場所の話です。
2 つめは正イオンで、こちらは有益なほうです。入ってくるビームが出ていく蒸気に当たって電離を起こす。イオン化率はビーム密度と蒸気の組成で決まり、0.01〜0.1 の桁です。この電離した蒸気を反応ガスと組み合わせて化合物膜を高速に積む方式は、Bunshah と Raghuram が 1972 年に活性化反応蒸着として報告しています3。
このイオンの行き先は、負にバイアスされたフィラメントの側から逸れます。サイクロトロン半径は質量の平方根に比例するので、イオンでは電子の数百倍になり、曲がりきる手前で通り過ぎるからです。
代わりに基板を負にバイアスすれば、イオンを膜へ引き込めます。これが「イオンプレーティング」と呼ばれる操作です。
この名前には釘が刺してあります。電気めっきの類推は誤解を招く。イオンは堆積物を改質する側に回っていて、めっきのような主要な堆積種とは別物。気相成膜でイオンが主要な堆積種になるのは、陰極アークと、ときどき高密度グロー放電だけです。
重要な但し書き。イオン化率が小さくても、エネルギー流束は非常に大きくなりうるので、膜構造への影響は深刻になりうる。これはイオンを伴うすべての成膜法に当てはまる。
0.01 を見て「1 パーセントなら無視できる」と受け取るのは早計です。
蒸発源の幾何と、膜へ届くものを 1 枚にします。
アークは、グローが崩れた先にある
直流放電を、電圧・電流・陰極電流密度の 3 つで地図にすると、アークの居場所が浮かびます。工具コーティングへ向けた陰極アーク蒸着の実用面は、Randhawa が 1987 年に総説として報告しています90157-5)。
プラズマが点く前から、電界放出と、迷光による光電子放出でわずかな電流が流れています。電流と電圧を上げていくとなだれが起きて破壊する。高圧(1万 Pa 以上)ではスパーク、低圧ではもっと拡散した「グロー」の形をとります。
グローの電流を増やすと、陰極での電流密度を一定に保つように電流の柱が太くなる。グローが陰極面を埋め尽くすと「異常グロー」領域に入り、そこから先は電流密度も電圧も一緒に上がります。
名前に反して、異常グローこそが成膜での標準です。広い面積にわたって均一な電流密度が得られるから。
異常グローで電流をある臨界値より上げると、プラズマが突然収縮します。陰極側で特に激しく、電流密度が桁で跳ね上がる。同時に電圧降下は大きく下がる。陰極スポットからの電子放出が桁違いに増えて、そこの導電率が上がるからです。
引き金は 1 点です。陰極上のどこか 1 点で電子放出が増えること。突起からの電界放出か、くぼみでの中空陰極効果。100 A を超えると、陰極スポットは複数になります。
数字にすると凄まじい。100 A が 10 µm の広がりに集中すると、陰極電流密度は 10⁸ A/cm²。
そこへの投入パワー密度は 2 項の和です。電流密度 × 数十 eV のイオン衝撃エネルギー、と、電流密度 × 陰極材料内部の電圧降下(スポットからの広がり抵抗によるジュール加熱)。これが陰極スポットを数千 K に熱し、熱電子放出と急速な蒸発を同時に起こす。
地図にすると、アークの居場所が浮かびます。
蒸発でできたピットの鋭い縁が、また電界放出の場所になる。しかも高温での電界放出は、冷たいときより強くなります。Fermi 準位より上に電子が多く、そこではトンネル障壁が薄いからです。
直流アークには導電性の電極が必要です。電圧降下が低すぎて、二次電子収率が 1 を下回るから。電子ビーム源が絶縁物の陽極を使えたのは、電圧が高くて収率が 1 を超えていたからでした。同じ「絶縁物が使えるか」に対して、電圧の高低だけで答えが割れています。
20 V どまりなのに、イオンは 50 eV で出てくる
陽極アークと陰極アークは、蒸発源としてかなり違います。
| 陽極アーク | 陰極アーク | |
|---|---|---|
| イオン化率 | 約 20 パーセント | 融点の高い金属で 1 に近い |
| イオンの運動エネルギー | 約 5 eV | 典型的に 50 eV |
| マクロパーティクル | ほぼゼロ | 大量に出る |
| 性格 | 電子ビーム源に近い | 蒸気の大半がイオン |
陰極アークの利点は、膜へ届く蒸気の大半が、膜構造を変えられるだけのエネルギーを持っていることです。多くの金属で、逃げていくイオン電流はアーク電流の約 10 分の 1。
ところが 50 eV のほうは勘定から浮きます。アーク全体の電位差は 20 V です。1 価のイオンがその全部を落ちて 20 eV どまり。実測はその 2.5 倍。長いあいだ研究者を困らせてきた食い違いです。
提案されているのはこういう筋書きです。陰極スポットの猛烈なパワー集中が極端な温度と蒸気圧を作り、高い電子放出束がそれを非常に高密度のプラズマに変える。そのプラズマが真空へ爆発的に膨張する。
ここで質量差が効いてきます。電子のほうがずっと軽いので、はるかに速く加速される。陰極のすぐ前で電子が枯れ、正の空間電荷と、正の電位の山ができる。外部から掛けた電圧に対して電界が反転する。
計算では、3 つの機構がイオンを加速します。支配的なのは、速い電子との衝突によるイオンへの引きずり(ドラッグ)。残りは電界とイオンの圧力勾配。
この引きずりは、超音速ノズルで軽いガスに重いガスを「種として混ぜる」操作になぞらえられます。軽い側が先に走り、重い側を引っ張って、重い側が単独で届く範囲の外まで達する。
イオンを加速していたのは電源より手前、電子でした。
反応性成膜で、アークだけがポイズニングを免れる
アークをガス雰囲気で動かす理由が 2 つ挙がっています。
1 つは散乱のため。イオンが基板へ近づく途中で散乱され、広い角度範囲から到達する。工具ビットのような複雑形状を均一に覆える。電気めっきと同じ言葉で「つきまわり性(throwing power)」と呼びます。
熱蒸発でも同じ散乱は起きますが、そちらは衝突冷却で気相に凝縮して粒子になってしまう。イオンは互いの反発でそれを免れます。
もう 1 つは化合物膜の形成。アークから出る電子とイオンの流れが反応ガスを活性化し、CH₄、N₂、O₂ を 1〜100 Pa で使って炭化物・窒化物・酸化物が育ちます。TiN が代表例です。
ここに、突き合わせて初めて出る利点があります。反応性グロー放電スパッタでは、ターゲット表面が反応ガスで「ポイズニング」される度合いに固有の不安定性があり、化学量論を保つのに特別な制御が要る。ところがアーク源はポイズニングを免れます。
理由は流束の比です。アークはパワー密度が桁で高いぶん蒸発束が大きく、反応ガスの到達束を大きく上回る。ターゲットが反応物で覆われる前に、蒸発して消えてしまう。
高いイオン化率と、ポイズニングを免れること。この 2 つがアーク源の主な利点です。
マクロパーティクルは、4 方式で原因が別。だから対策も別
狭くて強いビームを使う方式は、すべてマクロパーティクルの飛散という問題を抱えます。0.1〜1 µm の固体か液滴が飛んで、膜に載る。速度が高いので輸送距離のあいだ重力の寄与はゼロで足ります。陰極アークからこの粒子を取り除く手立ては、Anders が 1999 年に総説としてまとめています00460-0)。
原因が方式ごとに別なのが厄介なところです。
電子ビーム:原料の中にある、原料より蒸気圧のずっと高い汚染物のこぶが突然蒸発し、その圧力の破裂で周りを弾き飛ばす。こぶの正体は、固体中の介在物、焼結材(熱間プレス粉末)に閉じ込められたガスポケット、溶融金属表面に溜まる「スラグ」。
- 対策はとにかく純度の高い原料を、焼結より溶解で作ること
- Si の場合(おそらく一般に)粒子の多くは帯電しているので、横から ±4〜6 kV の電極で横電界をかけると効果的に曲げられる
陰極アーク:候補が 2 つ挙がっています。1 つは表面より内部のほうが高温になること。イオン衝撃は表面を熱し、ジュール加熱は内部を熱す。内部で蒸発が起きれば、その圧力で表面材料が吹き飛ぶ。
Cu で熱収支を解いた結果が具体的でした。熱拡散率 cm²/s、スポット速度 20 m/s とスポット半径 µm から滞在時間は 0.5 µs。すると で、内部加熱はとても小さい。
ところが は縮みうる。突起から強い電界放出が起きた瞬間には、 がずっと小さくなり、 も内部温度比も跳ね上がります。電気抵抗率の高い金属ほどジュール加熱が多いので危険側です。
もう 1 つの候補は、溶融したスポットに当たるイオンの圧力。妥当なイオン束とエネルギーで見積もると数気圧に達しうるので、溶湯の縁から金属が飛沫として跳ね上がる。融点の低い陰極金属ほど飛沫が増えるという観測と整合します。
パルスレーザー:こちらも内部加熱が候補ですが、より確からしいのは熱衝撃です。
近表面が熱膨張しようとして圧縮応力の過渡が立ち、衝撃波として材料を伝わる。それが表面で反射する。蒸気相との音響インピーダンス差が大きいからで、屈折率の段差で光が反射するのとまったく同じ理屈です。戻ってきた波が引張応力の過渡を作ります。
数字があります。ルビーレーザー(694 nm)を Corning CS756 ガラスへ、28 ns、0.08 J/cm² で当てた場合の応力波形が実測・計算されている。この熱弾性応力はフルエンスと吸収係数に比例するので、YBCO が 2 J/cm² を吸収係数 10⁵/cm で受ける場合へ外挿すると、引張応力のピークは 15 GPa。
典型的な引張強度は 1 GPa です。15 倍。飛沫が出るほうが道理です。
対策の当たり方も方式ごとに別です。陰極アークでは、曲がったダクトに横向き磁場をかけてイオンだけを曲げて通す。ダクトの曲率半径をイオンのサイクロトロン半径に合わせる。ただし蒸気束と成膜速度は落ちます。
落とし穴。膜を陰極の視線から外した段階では、まだ半分です。マクロパーティクルはダクトの壁で反射して膜まで届いてしまう。壁にバッフルを入れて散乱させる必要があります。
パルスレーザーでは、パルスに同期した回転アパーチャで止めます。マクロパーティクルは蒸気原子よりずっと遅いので、時間で選別できる。ただし評判は辛口です。ハードウェアと配置が面倒で、取りこぼしも残る。そもそも飛沫ゼロの方式を選ぶほうがよい。
パルスレーザー:時間平均 2 W で仕事をする
最後がパルス紫外レーザーです。
Nd:YAG(1.06 µm)や CO₂(10.6 µm)は硬い材料の切断・穴あけに長く使われてきました。ただし材料の多くが原子や分子より大きいマクロパーティクルとして飛ぶので、成膜法としては長く脇役でした。
風向きを変えたのが高温超伝導膜でした。YBCO のような多元素酸化物では組成を厳密に合わせて初めて転移温度が出ます。ここでパルス紫外の利点が効いてきます。そのまま(congruent に)蒸発できる。
蒸発深さを与えていたのは、光の侵入より熱の拡散だった
そのままの組成で蒸発するのは、薄い層に強いエネルギーを入れて、分離する暇を与えずに爆発的に蒸発させるからです。
では「薄い層」はどれだけ薄いのか。光の吸収深さ と、熱拡散長 の、大きいほうです。
ここで は熱拡散率で、Fick の法則の物質拡散係数 と同じ役割を果たします。
- YBCO を KrF エキシマ(248 nm)で叩くと /cm、つまり nm
- BaO の熱拡散率は cm²/s
- パルス幅 20 ns なら cm nm
熱拡散長のほうが 40 倍大きい。だからこの場合、エネルギーが入る深さを与えているのは光より熱です。熱伝導の悪い材料や、光を通しやすい材料でだけ、 が効いてきます。
浅くしたいなら速いパルスと高い吸収係数。非金属で吸収係数を上げるには、波長を基礎吸収端より短くする必要があります。
面白い副作用も書かれています。非金属では、同じ場所へパルスを重ねるほど吸収係数が初期値よりかなり上がる。熱衝撃が近表面を結晶学的に壊し、それが吸収を増やすからです。新しいターゲットでは、蒸発速度が時間とともに増えていきます。
しきい値と、その先
エネルギーの収支も追えます。まず蒸気圧が十分高くなる温度まで加熱し(融解熱が要るならそれも)、そのうえで蒸発熱の供給が要ります。繰り返しが 10 パルス/秒なら、パルス間で完全に冷えると見なせます。
典型的なエキシマパルスは 0.2 J を 0.1 cm² へ、フルエンス 2 J/cm²。
- BaO の体積 を沸点 2000 K(蒸気圧 1 atm)まで熱すると 0.11 J。これが蒸発のしきい値パルスエネルギー
- 残る 0.09 J を融解熱+蒸発熱にあてる。BaO では kJ/mol J/cm³
- したがって 480 nm ぶん蒸発できる
ところが実際に蒸発する深さは、数十 nm が典型です。
差の理由はこうです。ビームエネルギーの多くが、表面で反射されるか、表面にできた蒸気雲に吸収されている。
この 1 行が、記事の主張そのものです。計算上は 480 nm を蒸発させられるはずのエネルギーの大半が、固体より蒸気へ入っている。そのエネルギーの行き先は、蒸気を熱くして加速する側です。
平均 2 W で、なぜ蒸発できるのか
出力を比べると異様です。0.2 J を 10 パルス/秒なら、時間平均出力はわずか 2 W。他のビームより 10³ 低い。
それでも蒸発できるのは、瞬間のパワー密度が桁違いに高いからです。
これは陰極アークのパワー密度に近づく水準です。実際、陰極アークは A/cm² × 20 V で W/cm² 相当(この記事での計算)。
比較のために他も出しておきます(いずれもこの記事での計算)。
| 方式 | 出力とビーム径 | 表面の瞬間パワー密度 | マクロパーティクル |
|---|---|---|---|
| イオンビームスパッタ | 1 kW を直径 10 cm | 13 W/cm² | 無し |
| 陽極アーク | 2 kW を直径 5 mm | W/cm² | 小 |
| 電子ビーム | 10 kW を直径 5 mm | W/cm² | 小 |
| パルスレーザー | 0.2 J を 20 ns、0.1 cm² | W/cm² | 大 |
| 陰極アーク | A/cm² × 20 V | W/cm² | 大 |
平均出力の順では、パルスレーザーは 2 W で最弱です。瞬間の順では、陰極アークに次ぐ 2 位。順位が完全に入れ替わります。同じ罠が EUV 光源にもあって、平均 1 kW とパルス中の 2 MW では多層膜ミラーの損傷見積もりが変わります。蒸発源でも損傷源でも、答えを持つのは瞬間の密度のほうです。
蒸気は 2 つの成分に割れる
観測されている蒸気は、性格の別な 2 つに割れます。高温超伝導膜のパルスレーザー蒸着でこの 2 成分を分離して観測した報告が 1988 年に出ています4。
| 熱成分 | 前方成分 | |
|---|---|---|
| 角度分布 | (余弦則) | 、 は 4〜14 と報告 |
| エネルギー | 熱エネルギー | 速度 m/s、約 40 eV |
| 組成 | 化学量論からずれがち | 化学量論をよく保つ |
| ガス雰囲気で | 気相凝縮して粒子になる | 高エネルギーゆえ凝縮を免れる |
欲しいのは前方成分だけです。その割合を上げる方法もはっきりしています。パルスエネルギーをしきい値より十分高くすると、邪魔な熱成分の割合が小さくなる。蒸気を加速するのに使える余剰エネルギーが増えるからです。
加速機構は、高圧ノズルからの超音速膨張になぞらえられています。
- 速いパルスで層を爆発的に蒸発させ、厚さ約 50 µm の高温高圧の蒸気を、照射面積 0.1 cm² の上に作る
- その蒸気が、入ってくる光をさらに吸って温度と圧力を上げる
- 圧力勾配が最も急で断面積が最も大きい方向、つまり表面に垂直な方向へ膨張する。これが鋭いローブを作る
- 膨張中の衝突が熱運動を方向のそろった運動へ変換する。超音速ビーム特有の、狭くて高速側へずれた速度分布になる
40 eV は「与えられた」より「揃えられた」エネルギーです。バラバラだった熱運動が、膨張によって一方向に整列した。だから化学量論も保たれます。
数字の整合も取れます。速度 m/s の粒子の運動エネルギーは、質量数 に対して eV(この記事での計算)。YBCO の構成元素で言えば Cu(63.5)で 33 eV、Y(89)で 46 eV、Ba(137)で 71 eV。「典型的な原子質量で約 40 eV」という報告値と合っています。
30 年前の表が、EUV マスクブランクの成膜方式を当てていた
方式ごとのマクロパーティクル問題の深刻さは、1 語ずつで並べられます。電子ビーム「小」、陰極アーク「大」、陽極アーク「小」、パルスレーザー「大」、グロー放電スパッタ「無視できる」、そしてイオンビームスパッタだけが「無し」。
「無し」は 1 行だけです。
30 年後、粒子を最も嫌う産業がどこへ行き着いたかを追います。EUV マスクブランクは、ガラス基板の上に Mo/Si 多層膜と Ru キャップを積んだものです。基板表面の小さな粒子やピットは、多層膜を伝って位相欠陥になる。露光機に載る前から欠陥が決まってしまう。
その多層膜を積む装置として選ばれたのが、イオンビーム成膜装置でした。上の並びで「無し」だった、ただ 1 つの方式です。低欠陥密度の EUV マスクブランクを積むためのイオンビーム成膜装置は報告されています5。
この表の値打ちは、当てていた一点より先にあります。代償が同時に読めることです。イオンビームスパッタは、ビーム径 10 cm に 1 kW、表面のパワー密度は 13 W/cm²。パルスレーザーや陰極アークより 7〜8 桁低い。蒸発束も成膜速度も、桁で遅い側にいます。「粒子ゼロ」の値段が、この 7〜8 桁です。
もう 1 つ、突き合わせて分かることがあります。エネルギービームの第 3 の、そして主要な利点は 「蒸気の多くが原料表面の熱エネルギーよりずっと高いエネルギーを得ること」で、これが膜の密着性と構造を劇的に改善しうるとされています。
Mo/Si 多層膜にとって、それは害です。リソグラフィ側の記録では、Mo と Si の膜は約 150 °C で相互拡散を始める。界面が混ざると反射率が落ちます。Mo₂C/Si に替えれば 600 °C 近くまで安定になりますが、ピーク反射率は高品質 Mo/Si の 68.6 パーセントに対して 66.8 パーセントへ下がる。Mo と Si のあいだに B₄C のような障壁層を挟む工夫は、EUV ミラー向けに 2001 年から報告があります6。
界面を混ぜずに保つことへ、これだけの手が打たれている。そこへ 40 eV や 50 eV の粒子を撃ち込むのは、改善より破壊です。
さらに、平滑化への期待も否定されています。イオンビーム成膜なら基板の欠陥を埋め均せる、というデータもあるが、高い反射率が出て新たな欠陥もゼロの成膜は、たいてい下地の形をそのまま写す(コンフォーマル)。だから成膜中の平滑化は、欠陥低減の手としては使えません。
まとめると、エネルギービームの利点として並んだ 2 つ——高エネルギーの蒸気と、その裏返しであるマクロパーティクル——が、EUV 多層膜ではそのまま 2 つの禁止事項になっています。残るのは、いちばん静かで、いちばん遅い方式だけでした。
実務での使い方
「エネルギービーム」という名前から距離を取ること。ビームがやっているのは原料を熱で蒸発させることだけで、膜を変えている高エネルギー成分は蒸気の中で作られています。だから改善の手も蒸気の側にあります。イオン化率、プルームの密度、基板バイアス。ビームの出力を上げるのは、そのための手段の 1 つです。
イオン化率の数字は「割合」より「流束」で考えること。0.05 でも、1 個あたりのエネルギーが 2 桁離れればエネルギー流束の順位は逆転します。「イオンを伴うすべての成膜法に当てはまる」と念を押されている場所です。
平均出力での比較をやめること。損傷も蒸発も、瞬間のパワー密度で決まります。時間平均 2 W のレーザーが、10 kW の電子ビームより 3 桁高い密度を作ります。
狭いビームを選んだ時点でマクロパーティクルを選んでいます。高エネルギー蒸気が欲しくて狭くしたのなら、飛沫はその対価です。曲がったダクトや磁気フィルタで粒子を落とす手立ては総説にひととおり並んでいます00460-0)が、どれも成膜速度を下げます。欠陥密度が重視される用途では、パワー密度を捨てるほうが正解になる。30 年後の EUV マスクブランクが、その選択の結果です。