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講座集 / 薄膜成膜の物理と化学 / 第 14 回

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VOL.03 薄膜成膜の物理と化学 第 14 回 / 全 19 回

濡れと多層膜:層状成長が両方向に成り立つのは同じ材料だけ

A の上に B が平らに広がるなら、B の上の A は平らには広がれません。そのため 2 種類の材料を交互に積む多層膜では、A の上に B を積んだ界面と B の上に A を積んだ界面が別の族に分かれ、その粗さが反射率を左右します。

24 分 標準 式 7 出典 6

この回の目次(7 節)
  1. §1 濡れの条件を入れ替えて足すと、 が出る
  2. §2 だから多層膜の 面は、2 つの族に割れる
  3. §3 粗さは で反射率へ乗る
  4. §4 粗さと相互拡散へ、反射率は同じ値を返す
  5. §5 熱で周期が 1 割縮むと、帯域の外へ出る
  6. §6 寄与する界面は、上の十数面まで
  7. §7 現場で動く判断

この回で示すこと

  1. 層状成長の条件を入れ替えて足すと になり、両方向に濡れるのは同じ材料だけ。
  2. そのため多層膜の 面は 2 つの族に分かれる。
  3. 粗さは で反射率に効き、寄与する界面は上の十数面まで。

同じ 2 つの材料を交互に積みます。A の上に B を載せた界面と、B の上に A を載せた界面。装置も条件も同じで、順番だけが逆です。

直感では同じものになりそうです。熱力学がそれを禁じています。

濡れの条件を入れ替えて足すと、 が出る

膜の表面エネルギーを 、基板の表面エネルギーを 、2 つのあいだの界面エネルギーを とします。

膜が基板を層状に覆う(濡れる)条件は

覆った後の表面と界面の合計が、覆う前の表面より低いこと。不等号が逆を向くと、膜は島を作ります。

ここで膜と基板を入れ替えます。同じ 2 材料で、下と上が逆の場合です。

2 つの式を足します。

界面エネルギーが 0 以下、という条件が出ました。

は、2 つの材料を接触させたときに生じる過剰なエネルギーです。同一材料どうしなら 0。別の材料どうしでは 0 より大きい。

だから 2 つの式が同時に成り立つ組み合わせは、同一材料の場合だけです。別の 2 材料で層状に育つ向きは、片方に限られます。

だから多層膜の 面は、2 つの族に割れる

周期の多層膜には、界面が 面あります。A-on-B が 面、B-on-A が 面。

上の証明から、層状に育つのは片方の族までです。少なくとも 面は、島状か層状+島状で育つ。

2 つの族は、実験でも別物として測られています。

2009 年の EUV 多層膜における Mo の結晶性と Si-on-Mo 界面の拡散の研究2が、その測り方を示しています。Mo-on-Si 界面には拡散バリアを入れて拡散を抑え、そうすることで反対側の Si-on-Mo 界面の拡散だけを測る。

結果はこうです。

Mo 層の状態Si-on-Mo 界面の拡散
非晶質速い
多結晶かなり遅い

理由として、非晶質 Mo のほうが欠陥濃度が高いことが挙げられています。

片方の界面だけを測るために、もう片方へバリアを入れる必要があった。2 つの界面が独立な量であることが、この実験の設計そのものに出ています。

同じ系の拡散は、材料でも動きます。Mo-Si 系と W-Si 系の相互拡散の総説3は、 と の結晶構造が両系で似ているにもかかわらず、積分拡散係数が原子番号とともに系統的に増える(Mo から W へ)一方で、成分の拡散係数の比は減ることを報告しています。

構造が似ていても、拡散の速さと非対称性は別々に動く。

粗さは で反射率へ乗る

界面の粗さは、測れる量へ翻訳する道があります。

界面の高さ分布の標準偏差を とすると、鏡面反射の強度は

nm、ほぼ垂直入射()で数を入れます。

粗さ 反射率の比損失
0.1 nm0.9910.9%
0.2 nm0.9663.4%
0.3 nm0.9257.5%
0.4 nm0.87113.0%
0.5 nm0.80519.5%

0.4 nm の粗さが、反射率の 13% を奪います。原子 1〜2 層ぶんの高さの乱れです。

この形は EUV 以外でも同じです。1992 年の多層膜系における界面粗さの中性子反射率への影響4が、同じ指数の形を中性子反射率について導いています。波長と粗さの比だけで決まる量なので、プローブの種類から独立です。

実測でも、この依存と、その先の頭打ちが出ています。2004 年のガラス基板の表面粗さが Mo/Si 多層膜の EUV 反射率へ及ぼす影響5は、基板の二乗平均粗さを下げていくと EUV 反射率が改善し、0.30 nm を下回ると約 65% で頭打ちになると報告しています。反射率を制限しているのは表面粗さ以外の要因であると結論している。

上の式で 0.30 nm は 7.5% の損失です。つまり粗さの項はまだ残っているのに、粗さを下げても反射率が動かなくなった。別の何かが、同じ大きさの損失を作っています。

同じ研究は、成膜そのものの平滑化効果も報告しています。空間周期 100 nm 以下の粗さは多層膜の成膜で均され、100 nm より長い周期は残る。だから多層膜の二乗平均粗さは基板よりわずかに小さくなる。

基板の粗さを語るときは、空間周期を添えます。100 nm を挟んで、成膜工程の振る舞いが逆になる。

粗さと相互拡散へ、反射率は同じ値を返す

頭打ちの正体へ進みます。

上の指数の式には、高さの乱れが入っています。ところが組成の傾斜も、同じ形で反射率を下げます。界面が急峻さを失い、厚さ にわたって組成が滑らかに移る場合です。

界面の状態反射率への寄与
高さが だけ乱れている
組成が の幅で傾斜している同じ形

鏡面反射率が返す値は、2 つに対して同じです。どちらも同じ指数で同じだけ落とす。

だから上の 2009 年の研究2は、片方の界面へバリアを入れるという方法を取りました。粗さと拡散は光では切り分けられないので、片方を工程で止めて、残りを測る。

測定で重なる 2 つの量は、工程で片方を止めて分けます。これが、この節の手順です。

熱で周期が 1 割縮むと、帯域の外へ出る

相互拡散には、2 つ目の出口があります。層の周期そのものを縮めます。

1988 年の Mo/Si 多層膜における相互拡散と構造緩和の研究6は、674 K から 1027 K の範囲で焼鈍し、焼鈍後に変調波長が 8〜12% 減少することを報告しています。深さプロファイラでも膜厚の減少が測られている。

ブラッグの条件は なので、周期 が 10% 縮むと中心波長も 10% 短くなります。

多層膜鏡の反射帯域幅を とすると、半値全幅は 0.54 nm。この値は手順を示すために据えたもので、実測値と別です。

中心波長が帯域幅の 2.5 倍ぶん動きます。反射率が下がるという話より、その波長で反射しなくなるという話になる。

同じ研究は、活性化エネルギーも出しています。

多層膜相互拡散の活性化エネルギー
Mo/Si105 ± 5 kJ/mol(1.09 eV)
Mo(N)/Si(N)351 ± 88 kJ/mol(3.64 eV)

温度感度 を 700 K で比べます。

多層膜感度10 K あたり
Mo/Si2.58 %/K1.29 倍
Mo(N)/Si(N)8.62 %/K2.37 倍

窒化物のほうが 3.3 倍だけ温度に敏感です。低温側では圧倒的に安定で、しきいを越えると急に進む。

どちらが速いかは、活性化エネルギーと前指数因子の 2 つが揃ってから決まります。2 つの系を比べるときは、同じ温度での実測値を表にします。

同じ研究は、窒化物では焼鈍で衛星ピーク強度が増えることも報告しています。 と への結晶化によるものです。拡散で界面がぼやける系と、結晶化で界面が立つ系が、同じ焼鈍で逆を向いている。

寄与する界面は、上の十数面まで

最後に、 面のうちどれが乗るのかです。

多層膜の中では、光は深さとともに吸収されます。だから下の層ほど寄与が小さい。寄与する周期の数を とすると、反射帯域幅との関係はおよそ

を入れると 。

40 周期積んでも、寄与しているのは上の 12 周期ほどです。残りは暗い。

ここに、成長順の話が戻ってきます。

積む順上の 12 周期にある界面の族
A を先に積むA-on-B の族が高電界側
B を先に積むB-on-A の族が高電界側

どちらの族を光に当てるかを、積む順で選べます。粗い族を下へ追いやれば、その粗さは反射率にほとんど効かなくなる。

周期数を増やす投資は、 を超えた時点で止まります。上の 2004 年の測定5が 65% で頭打ちになった背景にも、この飽和が重なっている。

界面の質と周期数は、別々の帳簿に立つ投資です。

現場で動く判断

  1. 層状成長の条件は です。膜と基板を入れ替えて足すと 。同じ 2 材料の 2 つの界面が両方とも層状に育つ組み合わせは、同一材料の場合だけです。
  1. 多層膜の 面は 2 つの族に割れます。少なくとも 面は別の様式で育つ。界面の仕様を 1 つの数で書かず、族ごとに書きます。
  1. 片方の界面を測るには、もう片方を止めます。Mo-on-Si へバリアを入れて Si-on-Mo の拡散を測った2例があります。下地の結晶性で拡散が桁で動きました。
  1. 粗さは で反射率へ乗ります。 nm で nm なら 13% の損失。原子 1〜2 層の高さが、この桁です。
  1. 粗さと組成の傾斜へ、鏡面反射率は同じ値を返します。同じ指数で同じだけ落とすためです。工程で片方を止めてから測ります。
  1. 基板の粗さは、空間周期を添えて語ります。100 nm 以下は成膜で均され、100 nm より長い周期は残る5。二乗平均値へ空間周期の情報を添えます。
  1. 粗さを下げても反射率が動かなくなったら、別の項に当たっています。0.30 nm で 65% に頭打ち5した例があります。そこから先は、粗さ以外の予算を開けます。
  1. 熱で周期が 1 割縮むと、中心波長が帯域幅の 2.5 倍ぶん動きます。焼鈍後に変調波長が 8〜12% 減少6。反射率の低下より、波長の移動として記録します。
  1. 速さは、活性化エネルギーと前指数因子が揃ってから決まります。Mo/Si の 105 kJ/mol と窒化物の 351 kJ/mol6 は温度感度が 3.3 倍別で、前指数因子も別です。同じ温度での実測値を表にします。
  1. 寄与する界面は上の十数面までです。。粗い族を下へ追いやる積み順が、設計の自由度になります。

出典

  1. 1 Mechanisms of Stranski-Krastanov growth (2012) doi:10.1063/1.3679068
  2. 2 The Effect of Mo Crystallinity on Diffusion through the Si-on-Mo Interface in EUV Multilayer Systems (2009) doi:10.4028/www.scientific.net/ddf.283-286.657
  3. 3 An Overview of the Interdiffusion Studies in Mo-Si and W-Si Systems (2014) doi:10.4028/www.scientific.net/ddf.354.79
  4. 4 Effects of interface roughness in a multilayer system on neutron reflectivity (1992) doi:10.1063/1.351092
  5. 5 Influence of glass substrate surface roughness on extreme ultraviolet reflectivity of Mo/Si multilayer (2004) doi:10.1116/1.1808731
  6. 6 Interdiffusion and structural relaxation in Mo/Si multilayer films (1988) doi:10.1063/1.340005