熱サイクル試験を 1,000 サイクル回すには数か月かかります。そこへ機械学習を入れた報告があり、精度で逆転が起きています。
| 予測寿命 | 実測との差 | |
|---|---|---|
| 実測 | 1013 サイクル | — |
| 有限要素解析 | 982 | 31(3.1%) |
| アンサンブル学習 | 1029 | 16(1.6%) |
訓練データは解析結果そのものなのに、学習モデルのほうが実測へ近づきました。面白い結果ですが、この記事の主題はその先にあります。
比べている「寿命」が、どの寿命なのか。ここで使われている 1013 も 1037 も、ワイブル分布の特性寿命——累積故障率 63.2% に達するサイクル数です。設計が守るのは 10% 寿命のほうです。
この 2 つには、決まりやすさに固定の落差があります。その落差は、標本数にも形状母数にもよらず、先に決まっています。比は 。
AI が減らしたのは解析の回数で、試験はその手前で減っていた
- 昔 — 試験体を作って加速熱サイクル試験を回す。1 点あたり数か月
- 解析の普及後 — 有限要素解析で当たりを付け、試験を減らす。1 点あたり数時間
- いま — 解析データで学習モデルを訓練し、解析を回す回数を減らす。1 点あたり数秒
段が 1 つ違います。試験を減らしたのは解析のほうで、学習モデルが減らしたのは解析です。
この位置取りは、公開された枠組みにもそのまま出ます。有限要素法そのものを訓練の教師に使う2026 年の手法1は、要素の逆等径写像を使った演算子を組み立て、既存の有限要素コードを訓練へ流用することを狙っています。訓練形状を増やすほど未知形状での誤差が下がった、という報告です。減らす対象は、実験の手前にある解析のほうです。
もう 1 か所、目立ちにくい使い方があります。はんだの構成則の係数を実験曲線から取り出す仕事です。2023 年の報告2は、Garofalo・Anand・Chaboche の各構成則について SAC305 の係数を神経回路網で抽出し、ベイズ推論で分布まで出しています。学習モデルが解析を置き換える使い方と、学習モデルが解析の入力を作る使い方は別物です。後者は解析を残したまま使えます。
そのうえで、本題は精度の比較のほうです。
63.2% は、形状母数が厳密に落ちる唯一の点
ワイブル分布の累積故障率は
で、 が特性寿命、 が形状母数です。故障率 に達するサイクル数を と書くと
対数を取ります。
が入る項は 1 つだけで、その係数は です。 で微分すると
これが厳密に 0 になるのは 、つまり のときだけ。 を解いて
63.2% の正体は、形状母数が寿命の式から厳密に落ちる、ただ 1 つの故障率という点です。
これが、特性寿命が寿命指標のなかでいちばん狭く決まる理由です。いちばん決めにくい母数の寄与が、この故障率の選び方によって射影で消してあります。加速係数の換算を特性寿命の上で組む2010 年の大規模試験3が、パッケージ種・合金・ピッチ・ダイ寸法・基板厚・試験条件を横断した比較の土台に を選んでいるのも、この安定さゆえです。
「1.6% で当たった」という数字は、その点の上で測られています。
低パーセンタイル寿命の不確かさは、 の何倍かが先に決まる
から へ移ると、 の不確かさが の重みで入ってきます。どれだけ入るかを、最尤推定の情報量から出します。
完全データのワイブル最尤推定について、標本数 での漸近分散は次の 3 つで書けます。
と書いて を摂動すると
分散を取ります。
ですから、割ると
も も約分で消えました。括弧の中に残るのは だけ、つまりどの故障率を尋ねるかだけです。
| 故障率 | (、) | ||
|---|---|---|---|
| 1% | +4.600 | 3.839 | 451 サイクル |
| 5% | +2.970 | 2.686 | 606 |
| 10% | +2.250 | 2.196 | 690 |
| 20% | +1.500 | 1.711 | 791 |
| 50% | +0.367 | 1.115 | 971 |
| 63.2% | 0 | 1.000 | 1037 |
10% 寿命の相対不確かさは、特性寿命の 2.20 倍。1% 寿命なら 3.84 倍。63.2% 点で厳密に 1 に落ちるのは、前節の がそのまま入っているからです。
漸近式に頼った導出なので、推定量そのもので確かめます。ワイブル乱数から最尤推定を 12 万回ずつ回し、 と の標準偏差の比を測りました。
| 2.50 | 2.173 | 2.187 | 2.195 |
| 5.53 | 2.189 | 2.182 | 2.204 |
| 12.0 | 2.174 | 2.187 | 2.191 |
形状母数を 4.8 倍、標本数を 17 倍振っても、比は 2.17〜2.20 の帯に収まります。予言した 2.196 と、標本 24 本でも 1% 以内で一致します。ワイブルの区間推定を条件付き枢軸量・尤度比・Birnbaum 統計量で比べた2005 年の研究4が示すとおり、区間の作り方によって幅そのものは動きますが、ここで問うている比は推定量の情報行列の側で決まっているので、作り方の差を越えて保たれます。
24 本を 96 本にしても 1.098 倍どまりで、必要なのは 116 本
比が固定されている、という結果には続きがあります。
も も で縮みます。縮み方が同じなので、標本を増やしたとき動くのは全体の水準だけで、比はそのままです。
そこで比較対象を具体化します。標本 24 本で得た特性寿命と同じ相対精度を、10% 寿命で得るには何本要るか。
116 本。24 本の 4.82 倍です。
ここで、よくある増やし方を当てはめます。24 本を 96 本へ、つまり 4 倍にした場合。
4 倍にしても、まだ 1.098 倍。24 本の特性寿命が持っていた精度まで、10% 寿命はあと 9.8% 残します。「標本を 4 倍にする」という、予算としてはかなり大きい決断で、ようやくこの距離です。
故障率をさらに下げると、要求はもっと伸びます。
| 目標 | 標本 24 本の と並ぶのに要る本数 |
|---|---|
| 10% 寿命 | 116 本 |
| 5% 寿命 | 174 本 |
| 1% 寿命 | 354 本 |
熱サイクル試験は 1 点に数か月かかる試験です。加速係数の定数そのものがパッケージ構成ごとに引き直されている——2012 年の研究5は銅コア基板とコア無し基板、9 通りの試験条件で SAC305 の Norris-Landzberg 加速係数と、それに対応する材料定数を主成分回帰で組み直しています——ことを考えると、354 本という数は、実務では現実的ではありません。
だから比は、払い切れる見込みの薄い固定の割増です。
小標本のずれは、危険側へ向く
幅の話で切り上げると片手落ちです。中心がどちらへずれるかも測ります。
同じモンテカルロで、推定値と真値の比の中央値を取りました。
| 12 | 1.084 | 1.029 | 0.997 |
| 24 | 1.041 | 1.014 | 0.999 |
| 48 | 1.020 | 1.007 | 0.999 |
| 96 | 1.010 | 1.004 | 1.000 |
| 400 | 1.002 | 1.001 | 1.000 |
形状母数は高めに出ます。標本 24 本で中央値が真値の 1.041 倍、12 本なら 1.084 倍。形状母数を減らすよう補正した最尤推定を提案する2023 年の研究6が、完全データと第 I 種打切りの両方でこの偏りを主題にしているのは、そのためです。
で ですから、 が高く出ると は 1 へ近づきます。つまり 10% 寿命は長めに出ます。
標本 24 本での中央値は 1.014 倍。幅に比べれば小さい偏りですが、向きが問題です。標本を削るほど、10% 寿命は実際より長いほうへ出ます。安全側の逆向きです。
特性寿命のほうは 0.999 倍で、実質そのままです。63.2% 点は、幅が最小であるうえに、偏りもほぼ持たずに済みます。使いやすい量ではあります。ただし使いやすさは、守りたい量であることとは別です。
もう 1 つ。標本 24 本での の標準偏差は で、漸近値の より 15% 広く出ました。小標本では、漸近式が幅を控えめに言います。上で出した 116 本は、その意味で下限です。
2 構造の比較は、自由度が 0
ここまでは「絶対値を当てる」話でした。実務でよく使う、もう 1 つの読み方を検算します。
解析は絶対値では外すが、2 構造の比なら当たる、という経験則です。実例が出ています。6 面モールド版と通常版を同じ温度条件で解いて、両方を実際に試験したもの。
| 隅のはんだの累積クリープひずみ | 特性寿命(実測) | |
|---|---|---|
| 6 面モールド | 0.036 | 1,037 サイクル |
| 通常版 | 0.099 | 368 サイクル |
寿命則を と書くと、同じ材料・同じ温度条件で解いた 2 構造の比では が約分で消えます。
ひずみの比 、寿命の比 。指数を 1 とした素朴な換算で、差は 2.4%。絶対値で 3.1% 離れた解析が、比では当たったように読めます。
2 つの比から指数を逆算できるからです。
報告された 2.4% は、この が 1 からどれだけ離れているかと、同じ量です。
左辺の実測値は 0.0241、右辺は 0.0244。一致します。つまり「解析の比が 2.4% で当たった」という文は、「はんだの疲労指数が 1 から 2.4% ぶんだけ離れている」と言い換えても情報量が同じです。解析の出来について語る部分は、ここで空になります。
自由度で書くと、もっと端的です。2 構造からは独立な比が 1 つ取れます。合わせ込む自由な母数は指数 の 1 つ。。残差を測る余地は、はじめから空です。 構造なら比が 本、自由度は 。この検算が反証可能になるのは、構造が 3 つ並んだときからです。
指数が 1 の近くに居たことには、公開文献の側で裏付けが付きます。クリープひずみエネルギー密度を基準に取ると、2021 年の解析7が書くとおり破断サイクル数は平均クリープひずみエネルギー密度に反比例します。エネルギー基準での指数は 1 です。き裂進展速度をひずみエネルギー密度基準で組んだ2004 年の研究8も同じ骨格に立っています。ここで使われた「累積クリープひずみ」は、エネルギー的な量の代役として働いていたことになります。
代役が崩れる場合を数えておきます。ひずみ基準の指数は 2 前後になることがあります。同じ、完璧に正しい解析を、指数 1 として読んだ場合のずれ方です。
| 真の指数 | 予測される寿命比 | 指数 1 と読んだときのずれ |
|---|---|---|
| 1.0 | 2.75 | 0.0% |
| 1.5 | 4.56 | 39.7% |
| 2.0 | 7.56 | 63.6% |
| 2.8 | 16.99 | 83.8% |
動かしたのは指数だけで、解析の質はそのままです。それで 2.4% が 63.6% になります。「比なら当たる」の当たり具合を決めているのは、解析の精度の代わりに、指数が 1 からどれだけ離れているかです。
対照として、自由度が立っている検算も同じ報告の中にあります。ランプ時間とドウェル時間を振った 4 条件の寿命表に加速係数の式を当て、全条件で 0.6% 以内。4 つの実測値に対して自由な定数が 2 つなら、自由度は 2 です。こちらは落ちる余地のある検算で、実際に通りました。同じ報告の中に、自由度 2 の検算と自由度 0 の検算が並んでいます。自由度を数えてから進む手間が、そこで要ります。
アンサンブルの床は
最後に、学習モデル側の設計を検算します。3 つのアルゴリズムと、その組み合わせの表です。
| モデル | 最大テスト誤差 | 平均テスト誤差 |
|---|---|---|
| ANN | 66(4.1%) | 8.1 |
| RNN | 82(8.9%) | 8.0 |
| GPR | 69(6.3%) | 11.3 |
| ANN + RNN | 63(6.8%) | 7.0 |
| ANN + GPR | 70(6.4%) | 8.7 |
| RNN + GPR | 77(5.7%) | 8.8 |
| 全部 | 67(5.9%) | 7.9 |
平均誤差は、ほぼ同じ帯に留まります。理由を数で示します。
個のモデルを等重みで平均したとき、個々の誤差の分散を 、対ごとの誤差相関を とすると
この式を について解き、表の数字を入れます。
| 組み合わせ | 実測 | 誤差が独立なら | 逆算した |
|---|---|---|---|
| ANN + RNN | 7.0 | 5.69 | 0.512 |
| ANN + GPR | 8.7 | 6.95 | 0.598 |
| RNN + GPR | 8.8 | 6.92 | 0.653 |
| 全部 | 7.9 | 5.35 | 0.617 |
4 通りの組み合わせが、0.51〜0.65 という揃った相関を指します。別々に解いた 4 本の式が同じ帯へ入るので、等重み平均という仮定ごと裏が取れた形です。
この が床を決めます。全モデルの誤差分散が等しい場合、上の式は
なら床は 。アルゴリズムを無限に並べても、平均誤差は単体の 77.5% までです。 で既に 0.894、 で 0.856。2 本から先は、残り 13% を取りにいく作業になります。
平均精度を上げる目的でアンサンブルを組むなら、2 本目までで打ち止めです。表の「全部」が ANN + RNN より悪いのも、これで筋が通ります。
さらに、等重みという選び方そのものを検算します。ANN(8.1)と GPR(11.3)、 の最小分散重みは
| 組み方 | 平均誤差 |
|---|---|
| ANN 単体 | 8.10 |
| 等重み(0.500) | 8.70(単体より 7.4% 悪い) |
| 最適重み(0.870) | 8.01(単体より 1.1% 良い) |
GPR を足したときの悪化は、GPR の素性と、等重みという足し方の両方から来ます。最適重みなら単体を下回ります。ただしその下回り方は 1.1% で、手間に見合うかは別の判断になります。回帰型のガウス過程と神経回路網を同じ課題で並べた2019 年の研究9も、両者がそれぞれ内挿と外挿で使えることを示しつつ、データの偏りが結果を左右する点を主題にしています。混ぜる相手より、混ぜ方が先に結果を左右します。
なお、この節の相関は平均誤差から逆算したもので、最大誤差のほうは別の量です。最大誤差は 8.9% から 5.7〜6.8% へ確かに縮んでいます。アンサンブルが改善するのはそちらです。