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講座集 / 信頼性と試験の統計 / 第 25 回

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VOL.05 信頼性と試験の統計 第 25 回 / 全 31 回

深さプロファイルの比較指標:検出限界を 2 桁動かすと値が 2.5 倍動く

2 本の深さプロファイルを比の積分で比べる指標は、サンプリング間隔にも装置の感度の誤差にも左右されません。ところが裾で比が発散するため、値を決めているのは検出限界の床のほうで、床を動かすだけでウェーハを 1 枚も替えずに値が 2 倍以上変わります。

30 分 応用 式 16 出典 8

この回の目次(9 節)
  1. §1 総量が合っていても、形は 156 分の 1 だけが定まる
  2. §2 同じドーズで を 5% 動かすと、裾が 8 nm 伸びる
  3. §3 比の積分は、サンプリング周波数から自由になる
  4. §4 乗法的な誤差だけが、約分で消える
  5. §5 2 本のガウス分布の比は、裾で発散する
  6. §6 だから の値を決めているのは、検出限界のほう
  7. §7 積分区間の下限だけで、値が 23% 動く
  8. §8 表層側の限界は、質量分解能 4,100
  9. §9 測るのは総原子数で、電界が応答するのは活性分だけ

この回で示すこと

  1. 比の積分はサンプリング周波数によらず、乗法的な誤差は約分で消える。
  2. 同じドーズの 2 本のガウス分布の比は裾で発散し、指標の値を決めているのは検出限界の床。
  3. 床を から へ動かすと値は 2.30〜2.81 倍動き、積分区間の下限だけでも 23% 動く。
検出限界を 2 桁動かしたときの指標の変化 2.30 〜2.81 倍
積分区間の下限による変化 23 %
表層側で要る質量分解能 4,100

合否を返す指標が「合格」と言い、そのロットのデバイスが壊れました。指標の、どこが悪かったのか。

「しきい値の置き方が甘かった」と答えたくなります。違います。しきい値を厳しくしても、同じ見逃しが起きます。壊れていたのは、指標が計算の途中で何を捨てていたかのほうでした。

置き換え案として「比を取ってから積分する」指標が出ます。点対点の正規化をやめ、サンプリング周波数への依存も消える。主観的な選択が減ります。

総量が合っていても、形は 156 分の 1 だけが定まる

まず、置き換えの動機を数にします。手順の前段には「総ドーズの差が 1% 未満であること」の点検が入ります。

総ドーズは 1 つの数字です。深さプロファイルは何個の数字でしょうか。

深さ分解能を 5 nm、比較区間を 20〜800 nm とすると

ドーズの一致は、156 個の自由度のうち 1 個を定めるだけです。深さ分解能 10 nm でも 78 点、1.28%。

深さ方向にどこまで信号が追えるかは装置側の限界で決まり、ヒ素で atom/cm³ まで届いた1977 年の報告1がその水準を与えます。残りの 155 個は、総量の検査を素通りします。高エネルギーキャリアによる劣化が応答するのは、ドレイン空乏領域の電界分布——つまり形の側です。

分布形が乗る故障機構がある以上、総量の指標はそこで止まります。

同じドーズで を 5% 動かすと、裾が 8 nm 伸びる

「ドーズが同じでも形が別」がどれくらいの量なのかを求めます。投影飛程 200 nm、標準偏差 60 nm のガウス分布を基準にします。

同じドーズのまま だけを動かすと、規格化からピーク濃度は 倍になります()。

ピーク濃度 cm⁻³ に達する深さ
1.02−2.0%382 → 385 nm(+3 nm)
1.05−4.8%382 → 390 nm(+8 nm)
1.10−9.1%382 → 398 nm(+16 nm)
1.20−16.7%382 → 414 nm(+32 nm)

ドーズの検査は、この 4 行すべてを通します。総量は作り方から一致しているからです。

が動く原因は具体的です。結晶軸に平行にイオンが入ると格子の間を深くまで進みます。この現象を計算機実験で追った1992 年の研究2があるとおり、注入角度のわずかなずれが有意な差を作ります。傾斜角を大きく振った注入を主題にした2005 年の報告3や、高エネルギー注入による非晶質化を深さ方向に追った2013 年の研究4が対象にするのも、この角度の軸です。

だから「ガウス分布を仮定して当てはめる」手順は、検出したい異常そのものを吸収します。形を先に定める操作とは別の平滑化が要る理由が、ここにあります。一般回帰型のニューラルネットで特性曲線を当てはめた2013 年の報告5のような手法が、その位置に入ります。

比の積分は、サンプリング周波数から自由になる

置き換えた指標の形を確かめます。基準側の測定値を 、比較側を として

がどこでも成り立てば完全一致。そこからのずれを、区間 で積分します。

この形が、点対点の正規化の弱点を 1 つ消します。形を先に定める当てはめの代わりに測定点そのものを滑らかに結ぶ手法は2013 年の一般回帰型ニューラルネットの報告5の系統にあり、そこで得た曲線をこの比へ入れます。離散化して確かめます。区間を等間隔 で 点に刻むと なので

分母の が を打ち消して、残るのは 1 点あたりの平均です。点を倍に増やしても値は同じままです。これが 1 つめの改善です。

乗法的な誤差だけが、約分で消える

2 つめの性質は、指標の紹介には書かれていません。導いておきます。

深さ での真の濃度を 、、装置由来の歪みを とします。歪みが掛け算で乗るなら なので

が完全に消えます。一次ビームが原子を叩き込んで分布を深さ方向へ引き伸ばす作用は、この形に近い。同じ装置・同じ条件で 2 本を測れば、装置が作る偽の裾は比の中で相殺されます。

ところが足し算で乗る誤差は、そのまま残ります。検出限界の床を とすると

両方が床に着いた深さでは、比が 1 へ潰れます。真の比が 1.50 の場合です。

床 測定される比差が消える割合
1.501%
1.459%
1.3825%

床は、差を作る向きより、差を消す向きに働きます。つまり偽陰性の方向です。ヒ素の深さプロファイルで atom/cm³ の検出限界を達成した1977 年の報告1があるとおり、床の位置は装置と条件で決まる量です。

2 本のガウス分布の比は、裾で発散する

ここで、比という構成の弱点が出ます。格子の間を深く進んだイオンが分布の裾を伸ばすことは1992 年の計算機実験2が主題にしており、以下はその裾を比で見たときの挙動です。同じドーズの 2 本のガウス分布について、比を解析的に書きます。

なら括弧の中は正なので、指数の肩が で伸びます。

投影飛程から 400 nm 深い点で

なら同じ深さで 43 です。

の積分は、真のガウス分布に対して発散します。深いほど積分が伸びます。

だから が有限の値を返すのは、床があるからです。床が比を 1 へ潰すことで、発散が止まります。指標の弱点と、指標が成り立つ条件が、同じ 1 つの現象です。

だから の値を決めているのは、検出限界のほう

発散を止めているものが値を決めているなら、値はそれに依存します。計算します。ピーク cm⁻³、 nm、 nm、区間 20〜800 nm。

床 床 床 2 桁の振れ
1.025.10%3.58%2.22%2.30 倍
1.0514.08%9.48%5.71%2.47 倍
1.1033.46%20.95%11.92%2.81 倍

ウェハを 1 枚も変えずに、検出限界を 2 桁動かすだけで指標が 2.3〜2.8 倍動きます。

置き換え前の指標は「しきい値 1.4 がどこから来たか不明」と批判されました。置き換え後の指標は、しきい値の代わりに床へ依存しています。

依存の行き先が移りました。ただし移った先には違いがあります。床は測れる量で、装置の条件から決まります。高い質量分解能でリンの検出限界を求めた2022 年の研究6のような仕事が、その値を与えます。「どこから来たか不明」から「測れば分かる」へ移っただけでも、前進です。

運用の要件が 1 つ出ます。比較する 2 本は、同じ床で測る必要があります。別の日に別の設定で測ったベースラインと比べれば、 も床も揃わず、消えるはずの裾がそのまま残ります。

積分区間の下限だけで、値が 23% 動く

もう 1 つ、区間の取り方も値を動かします。高エネルギー注入が試料の深部まで届くことを深さ方向に追った2013 年の研究4のとおり、追うべき深さは注入エネルギーで動きます。 は 1 点あたりの平均なので、ずれが狭い深さ範囲に集中していると、区間を広く取るほど薄まります。

ずれが 200〜800 nm の側にだけ存在する場合を考えます。

下限を 20 nm に取るか 200 nm に取るかだけで、値が 23% 低く出ます。

この差は、しきい値を動かすのと同じ桁にあります。実際の設定では積分区間の下限が 20 nm で、測定が信頼できるのは 200 nm より深い側です。

下限上限
信頼できる範囲200 nm800 nm
積分区間20 nm800 nm

下限だけが 10 倍表層側です。深さ分解能は 5〜10 nm 級なので、20 nm は分解能 2〜4 個ぶんの位置です。

測定の信頼できる範囲と、比較に必要な範囲が食い違ったままです。その段取りは、しきい値と同じくらい明示的に書く必要があります。

表層側の限界は、質量分解能 4,100

「表層側は汚染による粒子干渉で信頼できない」という一文の実体を、数にします。

リンの同位体 P は 31.9738 amu。干渉する分子種は

干渉種質量差要る
SiH31.9816 amu0.00784,100
SiH31.9921 amu0.01831,750

厳しいほうが装置の要求水準を決めます。分解能が 4,100 に届かなければ、水素の付いたシリコンをリンとして数えます。高い質量分解能でリンの検出限界を追い込んだ2022 年の研究6が主題にするのは、この壁です。

干渉種の出どころが装置側にあります。水素・炭素・酸素・窒素は測定系の真空に常在し、一次ビームが打ち込んだ酸素がスパッタで戻ってきます。だから手を入れる先は、試料の外——装置側です。

表層側にはもう 1 つ、幾何の機構があります。スパッタで掘った穴の底だけでなく、側壁からも原子が飛び出します。注入プロファイルのピークは表層側にあるので、穴が深くなるほど、その高濃度の側壁が信号へ混ざり続けます。

分解能を上げれば透過率が落ちます。表層側で信号が弱いことと、干渉が重なることは、同じつまみの表と裏です。

測るのは総原子数で、電界が応答するのは活性分だけ

最後に、もう 1 段深い限界を 1 つ。

量何を数えるか
ドーズ打ち込んだイオンの総数(深さの情報なし)
深さプロファイル深さごとのドーパント原子の濃度
活性ドーパント密度格子位置に入ってキャリアを出している分だけ

深さプロファイルは 2 段目で止まります。注入したままアニール前の試料は、予測どおりのガウス分布を返しますが、電気的な測定はまったく別の結果を返します。イオンの活性化が、まだ先にあるからです。

高エネルギーキャリアによる劣化が応答するのは 3 段目です。

置き換えは 1 段目から 2 段目への前進でした。3 段目は、その先にあります。

注入角度が同じでも、活性化アニールの条件が違えば、深さプロファイルは一致したまま電界分布が変わりえます。その場合、新しい指標は合格を返します。同じ型の偽陰性を、別の軸で踏みます。

手順は最初に立てたものがそのまま使えます。指標が保存する情報と捨てる情報を書き出し、故障機構が捨てた側へ依存するかどうかを確かめる。深さプロファイルという測定そのものが捨てているのは、活性化です。

だから深さプロファイルの比較は、電気特性の代理にとどまります。電気的な測定が併走している必要があります。

標本が乏しい領域では、別の手が並びます。分布の一致を正規性を仮定せずに検定する手法があり、その検出力を他の検定と比べた2014 年の研究7や、偏りの有無を主題にした2013 年の報告8があります。過去の記録が 30 件未満なら検定、それ以上なら積分指標という使い分けが並びます。

出典

  1. 1 Depth profile detection limit of 3x10^15 atom cm^-3 for As in Si using Cs+ bombardment negative secondary ion mass spectrometry (1977) doi:10.1063/1.89259
  2. 2 Computer Simulation of Channeling Effects in Ion Implantation (1992) doi:10.1557/proc-279-23
  3. 3 High Tilt Angle Ion Implantation into Polycrystalline Si Gates (2005) doi:10.1143/jjap.44.813
  4. 4 Micro-Raman depth profiling of silicon amorphization induced by high-energy ion channeling implantation (2013) doi:10.1002/jrs.4211
  5. 5 Application of General Regression Neural Network in Characteristic Curve Fitting (2013) doi:10.4028/www.scientific.net/amm.441.116
  6. 6 Detection Limit of Phosphorus in Diamond by High Mass Resolution Secondary-Ion Mass Spectrometry (2022) doi:10.1002/pssa.202200324
  7. 7 Comparison of the Powers of the Kolmogorov-Smirnov Two-Sample Test and the Mann-Whitney Test (2014) doi:10.2139/ssrn.2497604
  8. 8 A note on the biasedness and unbiasedness of two-sample Kolmogorov-Smirnov test (2013) doi:10.1524/strm.2013.1129