磁気トンネル接合とは
磁気トンネル接合とは、向きを反転できる自由層と、向きが一定の固定層で、薄い絶縁層を挟んだ素子です。 2 つの磁化の向きの関係によって、素子の抵抗が切り替わります。抵抗の差は結晶のMgO障壁で約200%まで広がり、素子を小さくする段階では、熱で勝手に反転しない保持の力が課題になります。
薄い絶縁膜を2枚の強磁性層で挟み、片方の向きだけを反転させる
Section titled “薄い絶縁膜を2枚の強磁性層で挟み、片方の向きだけを反転させる”磁気トンネル接合は、極めて薄い絶縁膜(トンネル障壁)を2枚の強磁性金属で挟んだ1構造です。絶縁層は本来、電流を遮る膜です。それでも膜が数原子層まで薄いと電子がすり抜け、そのすり抜けやすさが両側の磁化の向きで切り替わります。そのため、絶縁層をはさんで電流を流し、抵抗を測ります。
積層は下から電極、固定層、絶縁層、自由層、電極の順に重なります。絶縁層には酸化マグネシウムが代表的で、東北大学の報告もCoFeBとMgOの材料系を使っています。固定層の磁化は一定のままで、自由層の磁化だけが外から与えた作用で反転します。この2つの向きの関係が、そのまま記憶している値です。STT-MRAMのようなメモリ素子では、抵抗値を測ってビット情報を読み出し、磁化の向きを反転させて情報を書き込みます2。
平行なら低抵抗、反平行なら高抵抗で、その差がMR比になる
Section titled “平行なら低抵抗、反平行なら高抵抗で、その差がMR比になる”2枚の強磁性層の向きが平行なとき(P状態)は抵抗が低く比較的大きな電流が流れ、反平行なとき(AP状態)は抵抗が高くなって電流が減ります1。電子が絶縁層をすり抜ける確率は、行き先のスピンの状態がどれだけ空いているかに依ります。両側の磁化が同じ向きなら空きが多く、逆向きなら少ないので、この差が生まれます。この現象をトンネル磁気抵抗と呼び、読み出しはこの差を測る動作です。
抵抗の変化率がMR比で、デバイス応用の性能指数です。産総研は、MR比が大きいほど高性能なデバイスが作れるため、スピントロニクスの分野はMR比の増大とともに発展してきたとしています。差が大きいほど読み出しは速く確実になり、差が小さいと素子ごとのばらつきに紛れて判別が難しくなります。
結晶のMgO障壁が、MR比を数10%から約200%へ引き上げた
Section titled “結晶のMgO障壁が、MR比を数10%から約200%へ引き上げた”最初の素子は、1995年にアモルファスの酸化アルミニウムを障壁に使って開発され1、その後約10年の研究開発でMR比は数10%に達しました。2004年に産総研は、結晶の酸化マグネシウムを障壁に使う素子を世界に先駆けて開発し、約200%という巨大なMR比を出しました。障壁を非晶質から結晶へ替えた素子で、MR比は数10%から約200%へ跳ね上がりました。
量産への道を開いたのは電極の材料です。産総研は製造装置メーカーのキヤノンアネルバと共同で、強磁性金属にコバルト鉄ホウ素合金を使ったCoFeB/MgO/CoFeB構造の素子を開発し、大量生産とLSIチップへの集積を可能にしました。今では汎用の磁気センサとしても普及し始め、自動車や機械の位置・回転の検出にも使われています。新材料の探索も続き、産総研は300 mmウェハを高速で回転させながらマイナス200℃以下まで冷やし、その上にスパッタで新材料の素子を作れる装置を使っています。
小さくするほど熱で反転しやすく、寸法と保持が逆を向く
Section titled “小さくするほど熱で反転しやすく、寸法と保持が逆を向く”磁化の向きを保つ力は、磁性層の体積に比例します。素子を小さくするほど体積が減り、熱のゆらぎで勝手に反転する確率が上がります。
東北大学は2020年12月に、直径がわずか原子10個程度の2.3ナノメートルという世界最小の素子を作製し3、車載に使える150℃でも高い保持を保ったまま、DRAMの置き換えに必要とされる10ナノ秒の高速低電圧動作を示しました。新しい素子構造では界面の磁気異方性を増やし、薄い磁性層でも性能を出しています。2つの磁性層はMgOの挿入層を介した静磁気結合で、1つの磁性層のように振る舞います。
2021年6月には、接合直径18 nmの素子で10年以上のデータ保持を実証し4、6×10^11回以上の書き換え耐性と10ナノ秒の書き込みもあわせて示しています。寸法と保持が逆を向く関係のなかで、両方を立てた報告です。直径を比べると、2.3 nmは18 nmの約8分の1にあたります。
膜厚と積層回数を変えて、保持と速さを振り分ける
Section titled “膜厚と積層回数を変えて、保持と速さを振り分ける”東北大学は2024年の報告で、記録層にCoFeB/MgO材料系の積層磁性層構造を導入し、膜厚や積層回数を変えることで特性を振り分けられるとしています。データ保持を重視するならCoFeB層を厚くし、CoFeB/MgO層の積層回数を減らして形状磁気異方性の割合を増やし2、書き込み速度を重視するならCoFeB層を薄くし、積層回数を増やして界面磁気異方性の割合を増やします。高温での保持を取る側と、高速な書き込みを取る側の両方に、同じ材料系で応じられるという主張です。
車載とAI・IoTでは要る性能が異なります。素子の構造が同じまま膜の積み方だけで性格を変えられるなら、製造ラインを分けずに用途へ振り分けられます。量産の側から見た利点はここにあります。
絶縁層の薄さ、抵抗差、熱安定性のどれを取るかで性格が決まる
Section titled “絶縁層の薄さ、抵抗差、熱安定性のどれを取るかで性格が決まる”絶縁層を薄くすると電流は流れやすくなり、書き込みに要る電圧が下がります。その代わり平行と反平行の抵抗差が縮み、読み出しが難しくなります。磁性層を厚くすれば熱に対する安定性は上がるものの、反転に要る電流が増えます。薄さ・抵抗差・安定性のうち、どれを先に取るかで素子の性格が決まります。
工程の制約もあります。産総研は、MgOのトンネル障壁は機械的な強度が弱く、機械的なダメージが加わる3次元積層プロセスを素子に適用するのは技術的に非常に難しいとしています5。同所が作った単結晶の薄膜は、MgAl₂O₄のトンネル障壁とCo/Feの電極層の界面が原子レベルで平坦で、結晶の欠陥がほとんどありません。この薄膜を加工して、直径約25 nmの円柱状の素子を作っています。
よくある質問(FAQ)
Section titled “よくある質問(FAQ)”磁気トンネル接合とは何ですか?
向きを反転できる自由層と、向きが一定の固定層で、薄い絶縁層を挟んだ素子です。2 つの磁化の向きの関係によって、素子の抵抗が切り替わります。
なぜ抵抗が変わりますか?
電子が薄い絶縁層をすり抜ける確率が、両側の磁化の向きの関係に依るためです。同じ向きならすり抜けやすく、逆向きならすり抜けにくくなります。
絶縁層には何を使いますか?
結晶の酸化マグネシウム(MgO)が代表的で、1995年の最初の素子はアモルファスの酸化アルミニウムでした。東北大学の報告も CoFeB と MgO を組み合わせた材料系を使っています。
どのくらい小さくなりますか?
東北大学は 2020 年 12 月に、直径がわずか原子 10 個程度の 2.3 ナノメートルの素子を作製しました。
どのくらい保ちますか?
東北大学は 2021 年 6 月に、接合直径 18 nm の素子で 10 年以上のデータ保持を実証しました。
書き込みはどのくらい速いですか?
2020 年の報告は 10 ナノ秒での高速低電圧動作を、2021 年の報告は 10 ナノ秒の書き込み速度を示しました。10ナノ秒はDRAMの置き換えに要る速さとされています。
読み出しでは何を測りますか?
素子の抵抗です。平行なら低抵抗、反平行なら高抵抗という 2 つの値の差を測って、1 ビットを判別します。差の割合がMR比で、大きいほど高性能な素子になります。
比較・違いを学ぶ
Section titled “比較・違いを学ぶ”- STT-MRAMとは── この素子を配列にしたメモリ
- メモリウィンドウとは── 2 状態の差をどう数えるかという考え方
- 強誘電体メモリとは── 分極の向きで記憶する別の方式
- データ保持とは── 10 年という数字の意味
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- 1産業技術総合研究所:磁気トンネル接合に関する産総研マガジン記事aist.go.jp abc
- 2東北大学:積層磁性層構造のSTT-MRAM素子に関する発表tohoku.ac.jp ab
- 3東北大学:世界最小磁気トンネル接合素子の高性能動作を実証(2020年12月)tohoku.ac.jp ↩
- 4東北大学:1桁ナノメートル世代の集積化技術での10年以上のデータ保持を実証(2021年6月)tohoku.ac.jp ↩
- 5産業技術総合研究所:単結晶MTJ薄膜の3次元積層プロセスに関する発表aist.go.jp ↩