MRAM(磁気抵抗メモリ)とは
MRAMとは、電荷の量に代えて磁石の向きで情報を覚える不揮発性メモリです。 トンネル磁気抵抗素子(TMR素子)を使い、微小磁性体の磁化方向として情報を記憶するため、電源を切っても情報が残ります。書き換えは消去なしの書き込み1回で済み、トランジスタの上の配線の階で作れるのでロジックに載せやすい方式です。代わりに0と1の電流差が小さく、勝負どころは書き込みより読み出しの合わせ込みにあります。
2枚の磁性層が平行なら低抵抗で0、反平行なら高抵抗で1になる
Section titled “2枚の磁性層が平行なら低抵抗で0、反平行なら高抵抗で1になる”DRAMはコンデンサに電荷をため、SRAMは回路が互いの状態を保ち合い、フラッシュメモリは絶縁体に囲まれた膜に電子を閉じ込めます。どれも電子の居場所で情報を保つのに対し、MRAMが覚えているのは磁石の向きです。
記憶セルは、Bit LineとWord Lineの交点に置いたMTJ(Magnetic Tunnel Junction)で、TMR(Tunnel Magneto–Resistance)効果を使います1。MTJはトンネル障壁を2枚の磁性層で挟んだ構造で、一方は磁化の方向を固定した参照層、もう一方は方向を書き換える記憶層です。十分に薄い絶縁層を挟んだ強磁性体に電圧を加えると、電子はトンネル効果で絶縁層を通り抜けます2。この状態で磁化の向きの関係が変わると、電気抵抗が急に変わります。
MTJは、2枚の磁化が平行なら小さな抵抗値(Data“0”)を、反平行なら大きな抵抗値(Data“1”)をとります。TMR素子は二つの強磁性電極の磁化の相対的な向きで高抵抗状態と低抵抗状態をとり、それぞれを「1」と「0」に対応させて記憶します3。平行と反平行での抵抗の変化率を磁気抵抗(MR)比と呼び、STT-MRAMの読み出し信号の性能指標になります3。産総研は、大容量MRAMの中核技術として2004年に酸化マグネシウム(MgO)トンネル障壁層をもつTMR素子を発明しています4。
読み出しでは、選択トランジスタをONにしてMTJの抵抗値を測ります1。一般には差動増幅回路(センスアンプ)でセル電流と参照電流を比べ、その大小で“0”と“1”を区別します。書き込みも読み出しもナノ秒で動かすには、TMR素子の抵抗値を数キロオーム程度以下に抑える必要があります3。
書き込み方式は磁界・電流・電圧の3種類で、実用化が進むのは電流で書くSTT
Section titled “書き込み方式は磁界・電流・電圧の3種類で、実用化が進むのは電流で書くSTT”MRAMという言葉は、複数の世代をまたいで使われています。データ書込方式の違いで、磁界書き込み型MRAM、電流書き込み型MRAM(STT-MRAM)、電圧書き込み型MRAM(電圧トルクMRAM)の3種類に分かれます4。2009年から2010年ごろの記述では、磁界書き込みはすでに実用化されており、残る二つは大容量化を狙って活発に研究・開発されていました1。
磁界書き込み方式は、GMR膜やTMR膜を記憶素子に使い、電流の切り替えで生じる磁界をスイッチして“0”“1”の状態をつくります2。Bit LineとWord Lineの両方から磁界を受けたセルだけを書き換える仕組みのため、同じ線の上にある他のセルにも片方の磁界がかかります。この一方の磁界だけを受けるセルを半選択セルと呼び、その誤書き込みが長くMRAMの実用化を阻んできました1。
いま実用化が進んでいるのは、2つめのSTT方式です。電流を流して生じるスピントルク(Spin Transfer Torque: STT)磁化反転で書き込みます4。産総研は2008年に東芝らと共同で、垂直磁化TMR素子をベースとしたSTT-MRAMの試作に世界で初めて成功したとしています3。2017年には、垂直磁化TMR素子をベースとしたSTT-MRAMがギガビット級の大容量化を可能にし、国内外のメーカーが製品化を進めているとしています4。
磁石をひっくり返すだけなので、消去なしの書き込み1回で上書きできる
Section titled “磁石をひっくり返すだけなので、消去なしの書き込み1回で上書きできる”フラッシュメモリは、書き換える前にブロック単位で消去します。MRAMの書き換えは、この消去を省いた書き込み1回で済みます。電子を注入したり抜いたりする方式との根本的な違いは、磁石をひっくり返すだけで済む点にあります。
ルネサス エレクトロニクスは、2022年のリリースでMRAMは消去動作を省けるので書き換え時間を短縮できるとし5、2024年のリリースでも消去動作が不要なためフラッシュメモリに比べて書き換えが高速としています6。2021年のリリースでは、書き換えに必要なエネルギもフラッシュメモリより小さく、頻繁に書き換える用途では特に本質的に有利だとしています。
配線の階で作れることが混載の利点で、同時に膜づくりの制約になる
Section titled “配線の階で作れることが混載の利点で、同時に膜づくりの制約になる”MRAMが注目される理由の1つは、性能そのものより、どこで作れるかにあります。ルネサスは、微細プロセスに混載される不揮発メモリとしては、構造的にFEOLで形成されるフラッシュメモリより、BEOLで形成されるMRAMの方が有利だとしています5。
FEOLはトランジスタを作る工程、BEOLはその上に配線を作る工程です。フラッシュメモリはトランジスタの階に作り込む必要があり、MRAMは上の配線の階に作れます。そのぶんロジックの微細化を邪魔しにくくなります。マイコンに不揮発メモリを載せたいとき、この階の差が方式の選定を左右します。
一方で、配線の上に作ることは大容量化の制約にもなります。大容量化には原子レベルの不均一性や凹凸によるTMR薄膜のばらつきを抑え、材料を選ぶことが重要ですが、多結晶の銅配線の上にTMR薄膜を形成する方法では、ばらつきの抑制にも材料の選択肢にも限界があります4。産総研は2017年、TMR薄膜を別のウェーハに作って配線側へ貼り合わせる3次元積層プロセスを開発しました。高真空中で両ウェーハのタンタル接合層の表面を平坦化・清浄化し、そのまま背面から荷重をかけて接合します4。こうして銅電極層、タンタル接合層、TMR薄膜層の順に積んだ試料を加工し、サイズ28 nmから65 nmのMRAMデバイスで動作を確認しています4。
弱点は読み出しの余裕で、参照電流を真ん中へ合わせ込む
Section titled “弱点は読み出しの余裕で、参照電流を真ん中へ合わせ込む”ルネサスは、利点とあわせて課題も示しています。2022年のリリースでは、MRAMはフラッシュメモリより読み出しマージンが小さく、読み出し速度の低下が課題だったとしています5。2024年のリリースでは、MRAMはフラッシュメモリに対して“0”状態と“1”状態のメモリセル電流の差(リードウィンドウ)が小さく、高速リードのためにはリードウィンドウの真ん中に参照電流を正確に合わせ込む必要があるとしています6。書き込みが楽なぶん、難しさは読み出しの判定基準に集まります。
同社は試作チップの数値も出しています。2022年は22nmロジック混載プロセスで32Mbitのアレイを試作し、最大接合温度150℃でランダムアクセス時間5.9ns、書き換えスループット5.8MB/sとしています。2024年は同じプロセスで10.8Mbitのアレイを試作し、最大接合温度125℃でランダムアクセス周波数200MHz超、書き換えスループット10.4MB/sとして、これを「世界最速」と表現しています。
記憶は熱ゆらぎで越えられない高さの壁で保たれ、安定性は体積と異方性で決まる
Section titled “記憶は熱ゆらぎで越えられない高さの壁で保たれ、安定性は体積と異方性で決まる”不揮発といっても、記憶は熱とのせめぎ合いで保たれています。STT-MRAMは記憶層の磁化方向で「1」か「0」を記録しますが、磁性体が数十nm程度と小さいと、室温程度でも熱エネルギーによる磁化揺らぎで記憶層の磁化方向がランダムになり、記憶が失われます3。素子を小さくするほど、熱で向きが乱れやすくなります。
そこでSTT-MRAMには、10年間にわたって磁化方向、つまり記憶が保たれることを規定した記憶安定性の指標があります。必要な壁の高さも数値で示されていて、10年間の不揮発性をもたせるには、エネルギーバリアを60 kBT程度にする必要があります1。kBはボルツマン定数、Tは絶対温度で、60 kBTは熱エネルギーの約60倍の高さという意味です。壁が低ければ、熱で乗り越えられてデータ保持が崩れます。
記憶安定性は、記憶層の体積と異方性エネルギーの積で決まります3。そのため、体積を削る微細化はそのまま安定性を削ります。産総研は2015年、異方性エネルギーを従来の約2倍に高め、記憶層の体積を変えずに記憶安定性を2倍にしたとしています。面内磁化方式では、MTJを横長の形にし、長辺と短辺の方向で生じる静磁エネルギーの差を記憶保持のエネルギーとして使います1。
書き換え回数は無制限、DRAMの代替には20 nm以下の素子が必要とされる
Section titled “書き換え回数は無制限、DRAMの代替には20 nm以下の素子が必要とされる”電子情報通信学会の知識ベースは、書き換え回数が無制限の不揮発性メモリはMRAMだけだとし1、MRAMがDRAMと同程度に大容量化されれば究極の不揮発性ワークメモリが実現するとしています。用途ごとの評価でも、Working Memoryに関してはEndurance特性からFeRAMとMRAMが有望で、将来の高密度化の可能性からSpin注入型MRAMが注目されているとしています7。FeRAMは強誘電体メモリのことです。
産総研も、MRAMを不揮発性・高速・低消費電力・低電圧駆動・高集積度といった特性を備えるメモリとし、高速・大容量・不揮発性(低消費電力)を併せ持つので、ユニバーサルメモリーとしての普及が期待されているとしています。
条件は集積度です。電子情報通信学会の同じ節は、磁界書き込み方式のセルサイズを論じた文脈で、DRAMのセルが6〜8 F²であるため、DRAMを置き換えることは困難だと考えられるとしています。産総研は2015年に、DRAMを代替するには20ナノメートル(nm)以下の素子サイズが必要とされるところ、同所の成果で素子サイズ19 nmの超高集積化STT-MRAMの実現が見込まれるとしています3。
よくある質問(FAQ)
Section titled “よくある質問(FAQ)”MRAMとは何ですか?
トンネル磁気抵抗素子(TMR素子)を用いた不揮発性メモリーの一種です。微小磁性体の磁化方向として情報を記憶するため、電源を切っても情報が保持されます。
どうやって0と1を区別するのですか?
抵抗の大小で区別します。MTJの2枚の磁性層の磁化が平行なら抵抗が小さく“0”、反平行なら抵抗が大きく“1”で、読み出しではセル電流を参照電流と比べます。
書き込み方式は1つですか?
3つあります。磁界書き込み型、電流書き込み型(STT-MRAM)、電圧書き込み型(電圧トルクMRAM)で、磁界書き込み型は半選択セルの誤書き込みが長く実用化の妨げになっていました。
フラッシュメモリとの違いは何ですか?
消去の要否が違います。ルネサス エレクトロニクスは、MRAMは消去動作が不要なので書き換え時間を短縮でき、書き換えに必要なエネルギもフラッシュメモリより小さいとしています。
なぜロジックに混ぜやすいのですか?
作る階が別だからです。ルネサスは、微細プロセスに混載される不揮発メモリとしては、FEOLで形成されるフラッシュメモリより、BEOLで形成されるMRAMの方が構造的に有利だとしています。
弱点はありますか?
読み出しの余裕です。ルネサスは、MRAMは“0”と“1”のセル電流の差(リードウィンドウ)がフラッシュメモリより小さく、高速に読むには参照電流をその真ん中へ正確に合わせ込む必要があるとしています。
不揮発なら記憶は永久に残るのですか?
条件付きです。磁性体が数十nm程度と小さいと、室温でも熱による磁化揺らぎで記憶が失われます。そのためSTT-MRAMには10年間の保持を規定した記憶安定性の指標があり、10年もたせるにはエネルギーバリアを60 kBT程度にする必要があります。
比較・違いを学ぶ
Section titled “比較・違いを学ぶ”- フラッシュメモリとは── 電子を閉じ込めて覚える側
- メモリ階層とは── どの段を埋めようとしているのか
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- 2JEITA 半導体部会:半導体用語集semicon.jeita.or.jp ab
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- 6ルネサス エレクトロニクス:ロジック混載MRAMマクロを開発(2024年2月)renesas.com ab
- 7電子情報通信学会:知識の森 10群4編1章「各種メモリの分類と位置付け」、2008年10月受領(2010年4月)ieice-hbkb.org ↩